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2004年4月30日(金) 流動食再開

24日以来、5日間にわたって完全に流動食を止めてきましたが、昨日夜から再開することにしました。それは、@カニかまぼこしか食べない、Aそれも1日1本程度で半分しか食べない日も、B白い泡状の胃液をほぼ毎朝少量ながら吐いており、消化機能に依然不安あり、C嗅覚同様、食欲も感覚が完全に戻っている日と弱い日とムラがある、D空腹なのか暗いところでじっとしていることが多くなった、というのが理由です。

昨夜は7時半と12時と各20ccずつあげてみましたが、たいして嫌がりも吐きもせず、やはり食べ物を欲していたようです。今日ももちろん継続してます。いったんはしまったすり鉢をもう一度出し、朝からガリガリガリガリ・・・。ガッカリしてないと言えばウソですが、それほど落胆というわけでもなく、「機械のように正確に行くわけないしな・・・」と、気楽に考えることにしてます。
(←ピッピ専用のすり鉢。すりこぎ棒が見当たらず、代わりに使っている包丁研ぎの柄の部分。紐を通す穴の先が2センチ近くあったのに連日の酷使でここまで短くなってしまいました)

ただし、いいこともあります。@顔がコケ気味でピンクパンサー風ながら体重は維持♪、A化学療法で半分以上失ったヒゲが産毛ながら再び生えてきた♪、Bそこそこ水分は摂っているようで脱水症状ではない♪、などです。食べたくない時は、目を光らせながら猛烈に嫌がるようにもなったので、そのうち再び流動食が必要なくなればサインを送ってくれるでしょう。私も食べてくれるものを探して、努力しなくては。やっぱりリハビリは気長にやろう、ねっ、ピッピ?

2004年4月29日(木) 「ガンからの生還タイプ」は?

ガンに比較的詳しい妹からのメールによれば、「"癌から生還しやすいタイプ"、"負けてしまいやすいタイプ"というのが大雑把だけど、あるらしい」とのこと。以下、ご参考下さい。
(←生還して、ただ今爆睡中・・ZZZZZZ♪)

@最もダメなのが『悲観的な人』:何を言われてもどんな結果でも悪く悪く考えてしまうようなタイプ。

A次が『全て医者任せの人』:医者の言うこと、されることには文句を言うこともなくされるがまま。どんな治療でどんな薬を服用してるのかも、知ろうとしないお任せタイプ。

B反対に『独学でいろいろ勉強して医者不信になってしまう人』:ネットや「家庭の医学」的な本で勉強して素人ながら、よくわかってしまった気持ちになるタイプ。高学歴だったり、エリートのようなプライドの高い人に多いらしい。

C結果が良好になるのは、医者の言うこともきちんと聞いて積極的に治そうとするけど、『治療の主導権、決定権は自分で持っている人』。

う〜ん、これでいくと私はCですね、間違いなく。獣医のドリスは「投薬イヤ、入院イヤ、鼻からのチューブイヤ・・・」と食い下がる私に、面食らったり、腹立たしかったりしたことも相当あったと思いますが、がんとして踏ん張る私の意向を、本当に辛抱強く聞いてくれました。その結果、薬は錠剤でなく、どうしてもという時は皮下注射、入院の代わりに家で点滴+往診(しかも往診代はタクシー代を持つか、夫のマイカー送迎でチャラ)、チューブの代わりにスポイトで流動食・・・と、すべて別の解決法を見つけてくれました。これぞ名医!だからCのためには、相性の合うに先生に巡り会うことも必須条件ですね。

2004年4月28日(水) 「全快宣言」その後

3日前の真夜中に、唐突に「全快宣言」を出し、その後、シ〜〜〜ンとなってたので、「はて?ピッピはどうなったんだろう?グングン快復してるのか?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。でも、夫からは「これで"全快宣言"だなんて、まるでSARS発覚直後の中国政府か、鳥インフルエンザ発覚直後の日本政府だよ〜」と、たしなめられてしまいました。

(←香港の4月にしては比較的過ごしやすいここ数日。ピッピも午前中はお外♪ 必ずいつか地面の上を歩かせてあげるね)

確かに、食べられ、飲めたとはいえ、食べるのはカニかまぼこだけで、しかもそれも1日1本がやっと。水もここ数日は気温が低めだったせいもあり、毎日飲んではいるものの、大した量を飲んでいる気配なし。その上、例の"つわり"状態が今も続いており、毎朝1回は白い泡状のものを吐いています。量は知れていますが、これは単にお腹の中のものが少ないせいかもしれません。というのも、水分も食料もスポイトであげていた頃の分を下回っている可能性が大なのです。

し・か・し、毛は比較的フカフカで、顔も脱水症状特有の「ごま塩モード」(ナニ?という方は4月15日分読んでください)になっていません。むしろ、白猫らしく白さに艶が加わり、本当に真っ白になってきました。これだけはいくらブラッシングしてあげても無理でした。白い毛の下の皮膚がほんのりピンク色になっているのもわかり、鼻のピンク色具合といい、いかにも血色が良さそうです。体重は頑として4.6キロで動かず。

ですから、回復に向かっているのかこう着状態なのか、今ひとつ判然としないところです。ただし、2ヶ月間顔を付き合わせていた付添い人としては、@顔色が断然良く、目に力がある、Aお昼寝の場所を天気や気分によって(多分)、3日おきくらいに代えては楽しんでいる、Bチャッチャとほんの少しながら話をしている、C排便がある、の点から、ちょっと急いだかもしれませんが、「全快宣言」で良かったと思っています。吐き気さえ止まってくれれば、痩せっぽちで小食ながら、あとはチャッチャとほぼ同じようなものです。

もう一つ回復への自信を深めたことは、ピッピを救ってくれたと思われるサプリメント2種類を引き続きスポイトであげようとしたら、「ナニすんだよ〜」と、いかにも憤慨した顔でガンを飛ばしてきたことです。思わず噴出してしまいました。自分で飲めるとなると、こうも態度がデカくなるものか(笑) それでも昨日はあまりにも水を飲んでいなかったので、夜になってとうとう、「ピッピ、今日はお外でいっぱい日向ぼっこしたよね?だから、少しお水飲もう。飲んでごらん、ママに見せてよ。でなければ、スポイトで少し飲もう?」と言うと、スタスタスタと歩いてきて、本当に目の前でピチャピチャと飲み始めました!

お見事!返す言葉もなく口をあんぐりしていると、「これでいいんでしょ?」と言わんばかりの顔で、またスタスタ行ってしまいました。この2ヶ月でだいぶ、ピッピとコミュニケーションが取れるようになったと内心得意になっていましたが、言葉がわかるようになったピッピの方が数百倍上手でした。

2004年4月26日(月) とうとう水も!「全快宣言」

「さぁ、寝ようか」と立ち上がった12時40分。バスルームから出てきた夫が、「ピッピが水飲んでる!」と言うではありませんか!本当に私達二人が見ている前で、ピチャピチャ音を立てながらごくごく普通に水を飲んでいます! 「やったぁぁぁ!」二人で抱き合い、ピッピを抱き上げ大喜び!!あぁ、とうとうこの日が来ました。

一昨日の流動食中止に続いて、昨日の日曜は柔道の大会で半日以上外出していたこともあり、思い切って水分補給も中止して様子を見ました。そして、その夜にとうとうこの1ヵ月間、夢にまで見たピッピが自分で水を飲む姿が現実のものに!信じる者は救われました。

ありがとう、ピッピ。全快おめでとう!
応援してくださった皆様に心からお礼を申し上げます。

2004年4月24日(土) 信じる者は救われる?

何事もそうかもしれませんが、自分が訝っていることを、はなから信じることは難しいものです。少し肌寒く感じられる日に、子供が「暑いからいらない」と放り出したジャケットを黙って引っ込めるか、「風邪を引くから着てなさい」とムリにでも着せるか・・・。転ばぬ先の杖だったら後者ですが、本人を尊重するんだったら前者です。この狭間で、最良の結果を目指しながら大いに悩むわけです。
(←とうとう仲良しツーショットをゲッツ!これも快復の兆候?)

ピッピは相変わらずカニかまぼこを少々口にする程度です。流動食を止めればもっと食べるかもしれませんが、食べなかった場合、摂取量が減ってしまうことになります。これまでですら獣医の言う必要最低量を更に下回る量しか食べてこなかったので(一日平均50cc)、「これ以上は何としても減らせない」と、ついつい決めてかかってしまうところです。でも、今日から完全に流動食を止め、ピッピが嫌がり始めた水分補給も1日ほんの20ccにしてみました。今までの5分の1です。

ところが消化機能低下気味のせいか、消化にものすごく時間がかかっているようで、10ccの水を飲ませただけでも、「いつ食べたの?」と思われるほど原型を留めたカニかまごと、全部吐いてしまったりします。こうなると、飲ませたことが完全にあだになっています。「本人が食べ出したんだから、ここは本人に任せて・・・」と思いつつも、脱水症状でゴワつく毛に触れるたび、「いやいや、まだせめて水分は・・・」と、揺れ動いています。生死が問題だった1ヶ月前に比べれば、ずい分贅沢な心配ではありますが・・・。

2004年4月23日(金) 小声ながらも「闘病成功宣言」

今日で、ピッピの悪性リンパ腫に気付いてから丸2ヵ月になりました。本当に長くて短い2ヶ月でした。その間、ずっと心配していたのは当然としても、ずっと感謝していたこともあります。その一つはピッピのがんばりです。元野生動物として自らの命をあきらめた瞬間が何度かあったようですが、なんとか切り抜けてくれました。
(←「こんなに元気になったニャ〜」byピッピ。「ご心配ありがとうございました!」by飼い主)

もう一つは、私が家にいるこの時期の発病だったということです。これが勤めに出ている頃で、お手伝いさん任せであったら(彼女は私に勝る動物好きだったので相当献身してくれたと信じますが)、ここまでできたかどうか心もとないところです。特に化学療法を止めてからの1ヶ月は手探りの試行錯誤で、とても"指示"など出せる状態ではありませんでした。その意味では自分で思う存分看病できたことは幸いでした。

最後になりましたが、ピッピのがんばり同様に大きな支えになったのが、読者の方、友人・知人からいただく、たくさんの励ましメールや電話でした。いまだにメールのお返事が書けずにいますが、「少しでもお返事代わりになれば」という思いもこめて、この闘病記を続けてきました。しかし、一番ご報告したかったことは、ピッピの病状そのものよりも感謝の気持ちです。この場を借りまして、改めてお礼を申し上げます。遅くなりましたが、順次お返事も差し上げられると思います。

ピッピはまだ水を飲みませんが、食べられるようになり、今のところ目に見える再発も確認されていないので、小声ながらも「闘病成功宣言」を出したいと思います。生死をさまようほどの激しい副作用や、正常な細胞も相当やられた様子から、ガン細胞はすべて死に絶えたものと信じています。もちろん予断は許されませんが、ここは心配よりも楽観を優先させましょう。今後はこの闘病記も随時更新といたします。今までのご拝読ありがとうございました。もちろん、これからもよろしくお願いいたします。

2004年4月22日(木) 今度はカニ猫

昨日の感動もさめやらぬうちに、ピッピは朝から2回立て続けに吐き、ちょっとビックリ。1回目は吐しゃ物の中に消化されていないカニかまぼこが入っており、これからはピッピが自分で食べている分と流動食の量とタイミングを計らなくてはならないことを痛感。かと言って、カニかまだけではとても必要分には満たなそうだし、量的にもそれほどたくさん食べられるようではなさそうです。同時に水分も吐き出してしまい、今日は今年1番の暑さだったこともあって脱水症状はむしろ悪化。この兼ね合いに早く慣れなくては・・・。

そんな折り、ひょっこり獣医のドリスから電話が入りました。「食べたの!」と告げると彼女も大喜び。特に体重が減っていないことをとても喜んでくれました。彼女によると、泌尿器科に問題があって排尿の時にとても痛む動物は、ちゃ〜んとわかっていて決して水を飲もうとしないんだそうです。同じように食べないということも、消化器系に問題がある証拠。ピッピが食べ始めたということは、ピッピなりに消化への自信を確信したらしいのです。なるほど。いまだに水を飲まないのは何か別の事情があるんでしょう。見た目にはわからないけれど、ピッピの自信回復を待ちます。
(←オット、失礼。ただ今トイレ中。排便は少量ながらほぼ毎日あるようになりましたが、あまりの水分不足にブツはカラッカラ!)

今のところ、ピッピが食べるのはカニかまだけ。それ以外の煮干、あんなに好きだったかつおぶしには一切目もくれず、ドライのキャットフードにも興味を示さないものの、一応匂いだけ嗅ぐ姿は一度だけ見ました。その後、いかにもつまらなそうに、よいしょっとネコまたぎ^。^; ベジ猫の次はカニ猫?

2004年4月21日(水) 食べたっ〜〜〜!!!!!!!!!!

昨夜というより今朝1時48分。そろそろ寝ようとキッチンに水を飲みに行った時、スタスタスタとピッピも入ってきて、エサ代わりに置いてあったカニかまぼこを、ごく普通に食べ始めるではないですか! 「たっ、たっ、食べてる!」 信じられない光景でした。まるで、「ほら見て!ちゃんと食べられるんだよ〜」と言わんばかりで、2、3口食べたところで止めてしまいました。「ピッピぃ〜、すご〜い!やったじゃん!!」 私は床にへたりこみ、何ごとかとやってきたチャッチャを抱いて再び涙、涙、涙。「神様、ありがとう。」

もちろんピッピもなでたものの、本人はケロッとしたもので、来たとき同様スタスタとすぐに行ってしまいました。化学療法を止めてちょうど1ヵ月。長かった1ヵ月がとうとう終わりました。てっきり、水→食べ物となるものとばかり思ってましたが、こういう展開になるとは!きっと、水も近々飲み始めるでしょう。もしかしたら、気が付かないところでもう飲んでいるかもしれません。一匹で生きていくための再生への大きな一歩が踏み出されました。

しかし、食べたと言ってもごく少量。日中も何度かトライしていましたが身体に入った量はかなり疑問で、しばらくは流動食と併用です。きっと必要分が完全に食べられるようになれば、巻いたタオルを引き裂いてでも大脱走することでしょう。そんな日が早々に来ることを夢見て、いましばらくすりこぎ、すり鉢でガリガリガリガリ、流動食作りに励みます。

良くがんばったね、ピッピ。本当にありがとう。
そして応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。


2004年4月20日(火) 喰うか、喰わされるか?

ピッピは生まれた時こそ一緒に生まれた4匹の中で一番痩せっぽちだったのですが、「白猫は大きくなるよ」と、ネコに詳しい人に言われた通り、その後はぐんぐん大きくなりました。すぐに丸々太っていかにも兄貴風だったチャッチャをしのいでしまい、発病前は6.9キロとほぼ7キロの体重がありました。それが今では4.6キロの壁が破れないほど痩せてしまったのです。しかし、ドリスによれば、ピッピは身体に"蓄え"があったからほぼ絶食していた期間を切り抜け、必要最低限を下回る量の流動食でも耐え忍ぶことができたんだそうです。「痩せたネコだったら、もたなかったでしょう」とは、彼女の弁。巨猫だったことで命拾いとは!

ちょうど一週間前の14日、「今日初めてピッピの食欲を感じました」と書きましたが、ここ数日は水も流動食も、とにかく嫌がるようになり、首を右に左に振りながらかなり抵抗。包んでいるバスタオルから前足を出して這い出そうとするわ(タオルにかぎ裂きができるほど)、後ろ足でキックはするわで、元気になったと言えばウレシクもありますが、なかなか大変です。「そこまでヤならさ〜、自分で飲んだり食べたりしなよ〜、ママも楽チン、ピッピも楽チンだよ〜」と、引き続き説得中。1日おきくらいにかつおぶしや煮干を鼻の近くに持っていくのですが、興味を示さず。今のところは芋の葉っぱに一番ご執心です。マジでベジ猫に?(↑毎日米の研ぎ汁を撒いているせいか、芋の葉っぱが大増殖中。そのうち窓が閉められなくなる?)

2004年4月19日(月) 再びツーショット

ピッピとチャッチャは4つ子の中の2匹で、生まれてからこのかた、ず〜っと一緒にいます。ピッピが化学療法を始めるまでは、比較的寒い時期だったこともあり、いつもピッタリくっついて昼寝をし、目が覚めればお互いを舐め合い、たまにはケンカもし・・・と、それはそれは仲睦まじく暮らしてきました。
(←いつも一緒@発病発覚前)

ですから化学療法で使った3種類の薬のうち、「シクロ」というガン細胞を殺す薬を投与する時、獣医のドリスが何よりも心配したのは、お互い舐め合ううちにチャッチャもいくらかの成分を吸収してしまうのではないかということでした。投与する私ですら手袋をはめるよう指示され、その強さは他2種類とは比較にならないものでした。普通の人が摂取すると健康な細胞まで殺してしまうということで、ピッピが一番気に入っていた善のベッドでの昼寝も禁止せざるをえませんでした。

しかし、狭いマンションの中。2匹を完全に隔離するのは無理でしたし、ここまで仲がいいのを引き離すのは可哀想だと思っていました。そこである日、2匹を抱いて通じるか通じないかは別にしても、子供たちにしたのを同じように、薬の効用と副作用の説明をし、舐め合わないよう頼みました。するとどうでしょう!2匹は本当にその日辺りを境に、まったく近づかなくなってしまったのです!

「つっ、通じた?」と、頼んだ本人も驚くほどでした。しかし、事の真相は私の説得を聞き入れたという訳ではなく、この辺りからピッピがチャッチャと話ができなくなってしまったようなのです。どうやって話しているのかはわかりませんが、2匹は確実に意思の疎通をしていました。しかし、ピッピからの音信が不通になったらしく、チャッチャはピッピがネコではなく、まるで人形か何かのように関心を示さなくなってしまいました。

あれから約1ヵ月。ピッピが徐々に以前の生活を取り戻して行く中で、チャッチャにも変化が出てきました。傍に寄り、目の周りを舐め、くっついてお昼寝する時もあります。ピッピ専用だったベビーバス・ベッドにも入り、ピッピの匂いに抵抗を示さなくなりました。もしかしたらピッピの身体から、チャッチャには不吉に感じられた化学薬品の匂いが消えたのかもしれません。今のところチャッチャの呼びかけにピッピがどこまで応えているかはわかりませんが、とにかく2匹はお互いを認め合い、再び一緒にいるようになったのです。なかなかいい場面を写真に残せずにいますが、そのうち2匹が仲睦まじくしているところをUPできるでしょう。ピッピの回復はこんなところにも表れています。

2004年4月18日(日) 4.6キロの壁

ピッピが最後に獣医に行ったのは4月6日で、その時の体重は4.68キロでした。化学療法を始めて以来落ち続けた体重は、治療を止めてもいっこうに回復する気配がないまま、ジリジリと減る一方でした。あれ以降、家でも毎日測っています。測り方は、まず私がピッピを抱いて体重計に乗り、次に一人で乗ってその差を出すという、原始的ながら確実な方法です。おかげで自分の体重まで、毎日知る羽目になりました(笑)

うちの体重計では小数点一桁までしか出ませんが、それによれば7日以降今日までの12日間、ず〜っと4.6キロで変わりありません。8日以降、点滴を止めたのでそれが体重減少に歯止めをかけたのかもしれません。下げ止まったことを素直に喜ぶべきなんでしょうが、すでに10日以上経過し、これだけ食欲が増しているのにもかかわらず(相変わらず自分では食べませんが)、まったく体重が増えないのも不思議。食べた物はどこへ行ってるのでしょう?あまり血となり肉となってないのか?    

今のささやかな目標はこの4.6キロの壁を破ること。しかし、ピッピは1日おきくらいに食べたものを全部戻してしまうこともあり(白い泡状のもの。特に葉っぱを口にした後)、なかなか難しいです。やはりこれ以上痩せないで踏ん張っていてくれることに感謝すべきなんでしょう。1ヶ月前の今頃は、まだまだ生命の危機に怯える日々だったわけですから。今日は快晴、日向ぼっこ日和です。
(←朝からさっそく窓の外へ。しかし、手が届かなくてお水があげられな〜い!「ピッピぃ、脱水症状ひどくなるよ〜、早く帰っておいで〜」

2004年4月17日(土) 食べた!

今日、ピッピが自分で食べました!それでも「やったぁぁぁぁ♪♪♪」と、外まで走り出すことにならなかったのは、食べた物が野菜だからです。スーパーの買出しから戻って、冷蔵庫に買った物をしまいこんでいるとピッピがやってきました。発病前はこういう時には買ってきた葉っぱを1、2枚あげるのが常でした(注:ネコは胸焼け防止にけっこう草を食べ、わざと吐いては胃の中を掃除します)。それを思い出して、買ったばかりの中華野菜を一株手に取って口元に持っていくと、急にパクパクやり始めました。
(↑右がピッピがかじった青梗菜!)

ここまでは窓の外のプランターで芋の葉っぱをかじっているのと一緒でしたが、よくよく見ていると一部を確実に噛んでは飲み込んでいます!「食べてる!」 びっくりしたものの、家族は不在で見たのは私だけ。もちろん、喰いちぎってもすぐに口から落ちてしまう方が遥かに多く、胃袋に入った分は合わせて5センチ四方あるかないかでしょう。しかし、食べたことには違いありません。とにかくピッピは、自分で食べたのです!やったね、菜食ネコ!今度はお魚も食べようね;´▽`A

2004年4月16日(金) intimate moments

毎晩ピッピに最後の水分を与えるのは、だいたい1時半頃です。その頃には家族も寝静まり、さすがに外を通るクルマの音も疎らです。「さぁ、今日最後のお水だよ。これ飲んだら寝ようね、ママも寝るから」と話しながら、タオルでくるみ、ガーゼ代わりにタオルをあごの下に挟みこんで、10〜15ccの水分をスポイトで口の脇から飲ませます。大人しい時もあえば、嫌がる時も。嫌がる時には無理強いはしません。1日の最後ですし、ピッピの意向を尊重します。(←最近では本当に珍しいツーショット)

その後、しばらくの間抱きながら話すのが常です。「今日は暑かったね〜」とか、「新しいキャットフードおいしかった?」とか。そんな時、ふと涙がこぼれます。「ピッピが今でも生きていてくれるのは、きっとママのためなんだろうね。ありがとう。大好きだよ、ピッピ。本当に大好きだよ。」 ピッピは瞳孔を目いっぱい開いたつぶらな瞳で、ジッと聞き入ってくれます。不思議なことに、こういう時は強く抱きしめても決して腕から降りようとはしません。

今の暮らしを続けていく限り、ピッピの世話をすることは可能です。しかし、「もしもニュージーランド行きが決まったら、13時間の飛行、その後の1ヶ月の検疫をどうやって切り抜ければいいんだろう?こんなに立ち直ったのに、連れていけなかったら?」と思うと、思わず足もすくみます。でも、それ以上の思考をストップし、「その時になったら考えよう」と、いつもの結論までにしておきます。病気再発の懸念は常に付きまとっているものの、4月2日を最後に生命の危険を感じることもなくなり、ずい分気持ちの上でラクになったのですから、今の平安な時間をピッピと慈しむことにします。明日で点滴を外して10日になります。

2004年4月15日(木) ごま塩顔

毎日、夫や子供よりも顔を付きあわせているせいか、ピッピの顔を見ただけで水分が足りているかどうかが、わかるようになりました。不足していると毛がゴワゴワしてくることは、毎日のように書いてますが、そうなると白い毛が特にゴワつくようなのです。ピッピの顔は茶色の部分もあり、茶色の部分にも白い毛が混じっていますが、顔中の白い毛が水分不足で太く固くなってくると、顔全体が白っぽく見えます。ちょうど白髪の混じる頭のようで、「ごま塩頭」ならぬ「ごま塩顔」です。(←ピッピごま塩モード♪)

ごま塩の時はパッ見でも、顔がなんとなく白茶けて汚れているように見え、あまりスカッとしていません。触ってみると即わかり、背中の皮を引っ張ればもっとよくわかります。あわてて20ccぐらいの水分を摂らせ、1時間もすると状況改善・・。「きゃ〜、ネコっ毛みたい〜♪」とフワフワになった背中をなでながら、「あっ、そっか。元々ネコか・・」と、寒いジョークをネコ相手に飛ばす、孤独な看病人・・・(黙) 植物人間とはよく言ったものですが、こんな時は本当にそんな気がしてきます。ただ、ピッピは歩けるし、ジャンプもできるし、一人でトイレにも行ける、動く植物ネコですが・・・。

2004年4月14日(水) お天気ネコ

今日は1日雨模様でした。いつものボランティアの日に当たり、最近1時間半にまで上げてきている水分補給を一回飛ばさざるを得ませんでした。しかも、朝イチで15ccも吐いてしまい、その後の1回の摂取量を少なめにしたため、1日通算ではかなり摂取量が少なくなってしまいました。しかし、晴天ほど乾燥していないせいか、脱水症状特有のゴワゴワの毛になることもなく、なんとか済みました。天気による変化の大きさにビックリです。「まさか私の留守中に自分で水を飲んだとか?」と、ほのか〜に期待しつつも、今のところは夢のよう。まだまだ道遠し。(←本人は脱水症状をものともせずに外でZZZZZ)

流動食をあげ始めて早1ヶ月。なんとなくではありますが、今日初めてピッピの食欲を感じました。スポイトを嫌がらず、首も振らずに上げた分を全部食べてくれました。昨夜、今朝と2回分の流動食を戻してしまったので、さすがにお腹がすいたのかもしれませんが、夫が日本から買ってきてくれたレトルトのキャットフードが気に入ったのかもしれません。こういう小さなサインに支えられながら、明日も7時から水分補給開始っ!

2004年4月13日(火)  流動食開始1ヶ月

夫と子供が日本から戻り、今日はまだ学校が休みだったので静かだった家の中は一変。でもピッピには特に影響がないようで、外で日向ぼっこしたり、それが暑すぎる日中は部屋の隅で静かにノビてました。日光浴の時間が長くなると、脱水症状が進むという当たり前のことに気付き、昨日から授乳ならぬ授水時間の頻度を上げ、様子を見ながら1〜1時間半の間隔にしています。水だけはたいして嫌がらずに飲むところをみると、やっぱり喉が乾いているようです。でも、どうしても自分では飲みません(涙)
(←4月になったらいきなり暑いニャ〜)

今日はかなりしっかりとした(?)排便があり、徹底的瞬間を夫と二人で見届けました。現場は押さえられませんでしたが、どうも昨日もあったようで、もし連日だったらすご〜い進歩♪ 食べ物はそれなりに足りてるってことになります。しかし、体重は4.6キロでここ1週間まったく変化なし。「減らないだけありがたいと思え!」ってとこなのかもしれませんが、人間だったら69キロだった人が46キロにまで痩せるのと同じですから(な〜んと33%減!)、激痩にはかわりありません。

少し元気そうになったらなったで、「水くらい飲まないかな〜?」「なんで体重が増えないんだろう?」「食べ物の匂いくらい嗅いでくれないかな〜?」と、ついつい欲が出てしまいますが、こういうことをしない(できない?)のにはそれなりに理由があるはずです。やっぱり焦らずゆっくり行きましょう。今日で流動食開始、1ヶ月になりました。

2004年4月12日(月) 二人五脚

明け方、同じ部屋で寝ているピッピが出て行くのを感じ、その少し後には吐いている気配。行ってみると隣の部屋で背中をそびやかせながら吐いていました。ピッピというかネコ全般そうなんでしょうが、こうして汚してしまわざるを得ない時にできる限り床など被害の少なそうなところを選んでくれるのは本当に感謝してます。たいした量ではなく、単なる胸焼け? 最近は数日おきにしか吐かなくなりましたが、なぜか時間は午前が多く、「これって、つわり?(=英語ではMorning sickness)」って感じです(笑) 今日は摂取量を調節して様子を見ましょう。

点滴を外して今日で5日目。4日間の1日平均摂取回数は10回、量は水分が142cc、流動食が51cc(やや固め)で目標を大きく下回っていますが、ピッピ自身は回復してます。水分を長く体内に留められるのが幸いしているようで、点滴中とくらべ尿の量は4分の1にまで減り、排便もなくすべて溜め込んでいるようです(笑) でも、一回の摂取量には限界があり、ここから大きく増やすのは難しそうです。本人が嫌がっているのに、タオルでくるんで身動きできないようにし、上を向いて口を開かせて流し込むのは、フォアグラを作るためにガチョウやカモに無理やりエサを詰め込んでいるような気分で、なかなか気が滅入るものです。

ほんの1週間前まではまだ生命の危機を感じることもあったわけですから、この1週間、特に点滴を外してからの回復には目を見張るものがあります。1日10時間近くを暗くした場所でふとんにもぐりこんで点滴を受けていた姿と、外で日向ぼっこしている姿とでは、雲泥の差です。口からの水分、外気、陽光、緑、鳥のさえずり、ひょっとしたらクルマの音さえも、今のピッピには大きな癒しになっているのかもしれません。1日でも早くピッピが自分で水を飲めるようになるよう祈りながら、これからも二人五脚を続けていきます。

2004年4月11日(日) 1ヶ月ぶりの日向ぼっこ

香港はここ数日ぐっと気温が上がり、うららかというよりもかなり暑くなってきました。昨日突然、ピッピが窓枠に上がり外の植え込みの更に外側の枠の上を歩き始めました。うちは5階ですから、落ちたら真逆さまです。ネコはヒゲで平衡感覚を保っているそうですが、今のピッピには通常の半分のヒゲしかなく、見ているこちらはドキドキでしたが本人は落ち着いたもの。その時、化学療法前の日課だったエアコンの上のベビーバスでの日向ぼっこを思いつき、すぐに用意してあげました。

ピッピはさっさと中に入り、フリースを掛けてあげたら日が暮れても出てきません。さすがに7時を過ぎてベビーバスごと引っ込めたほどです。化学療法を始めた3月9日に掲載した写真(←)は、その2日前に撮影したものだったので、化学療法を始めてからは一度たりとも外で日向ぼっこをしたことはありませんでした。あれから1ヶ月。化学療法を止めてから3週間・・・。ピッピは徐々に以前の生活を取り戻してきています。今朝もさっそくベビーバスへ(→)。途中暑すぎたのか部屋に戻ってフローリングの床に寝たりもして、自由に行き来しています。

相変わらずピッピ自身は飲まず喰わずですが、昨日あたりからスポイトでの流動食や水を嫌がるようになり、気をつけないと思いっきり引っ掻かれそうです。ここまで元気になったことは非常に喜ばしいのですが、飲まない以上は脱水症状の危険を脱しておらず、ややもすればすぐに毛がゴワゴワしてきます。「ピッピぃ〜、ママが飲ませるのヤだったら自分で飲みなよ〜」と、説得してるんですが反応なし(笑) 日向ぼっこで喉が渇くらしく、スポイトで水をあげる時に口を開くと、くっついていた口の中の粘膜がはがれるような音さえするのに、今のところ水にはまったく近づかず。トラ年の私も含め、ネコ科はなかなか頑固です^。^;

2004年4月10日(土) ありがとう、ドリス

点滴を止めて2日目となった昨日、借りっぱなしになっていたケージをたたみ、ドリスに返しに行ってきました。最後の医療だった点滴を止めた以上、よほどのことがない限り彼女を訪ねることもないでしょう。化学療法中であれば毎週やるはずの血液検査も、結果がどう出ても投薬しないことに決めた以上、数値が正常かどうかを知っても仕方ないのでここ3週間は止めています。

「ピッピはどう?」
「1ヶ月ぶりに毛づくろいをしたわ。3週間ぶりに食べ物の匂いを嗅ぐ姿も見たし。」
「それは良かったわね!ネコは調子が悪いうちは毛づくろいをしないから、本当にいいサインよ。腫瘍は大きくなってきてない?」
「今のところは。」
「そう。このまま行くといいわね。そのうち、血液検査にいらっしゃいよ。」
「ありがとう、そうするわ。」

2月末に病気に気付いてから、どれだけ彼女と顔を合わせてきたか・・・。特に化学療法が始まってからは2日と空けずに会い、休診の日まで必ず電話をくれ、先週末に彼女が休暇に出るまで、私達はほぼ毎日話していたのです。それがこうも唐突に終わるとは・・・。いくら良くなってきているとはいえ、依然ピッピは一滴の水さえ飲もうとはしないのに、これで医者と別れを告げることになるなんて。彼女には感謝してもし尽くせないくらいお世話になりました。もう私に迷うところはありません。

お互いなんとなく名残惜しく立ち話をして分かれました。最後に「ブドウ糖を買いたいけどどんなパッケージのもの?」と聞く私に、わざわざ看護婦さんをスーパーまでお供させてくれ、お世話になった看護婦さんとも名残惜しく別れました。しんみりと帰ってくると、ピッピがいきなり窓の外の植え込みで葉っぱをかじり始めたではないですか!飲み込んではいなかったようですが、とにかく自分で何かを口に入れたのです!3週間半ぶりの快挙!「あぁ、箱根の九頭龍様は来てくれたんだ」と、思わず手が合わさる思いでした。
(↑かじっているのは芋ほりに行った時の芋を発芽させ、植え替えたもの。無農薬です♪)


2004年4月9日(金) 医療を離れて

点滴を止めた昨日は、すべてが順調でした。最終的に1日の水分摂取量は135ccと目標の7割止まりでしたが、脱水症状は思ったほどひどくはなく、口から摂ることの意義を思い知りました。ピッピは1度も吐かず、トイレの頻度も上がらずでした。この方法はピッピの許容量次第なので、必要分が受け入れられなければ失敗してしまいます。昨日を見る限り、ここから大きく量を増やすこともできないでしょうが、脱水症状を悪化させない程度には維持できそうです。嬉しかったのは、1ヶ月ぶりに突然毛づくろいを始めたこと♪
(↑急にやり方を思い出したのか、必死で舐めまくってました!いいぞ〜、ピッピ。その調子!!)

前にも書きましたが、脱水症状を起こすと毛がゴワゴワになってきます。面白いのはその変化が植物のように顕著なこと。2時間以上を空けると明らかに毛が硬くなり、飲ませた直後も当然ながらゴワゴワ。ただし1.5〜2時間で飲ませるために抱き上げると、毛がフワフワしています。その差たるや萎れた花に水をあげてはシャンとさせるようにはっきりとしているのです。このため毛が硬くなり始める前に少量でも身体に入れてあげるのが良さそうです。今や私はピッピの生命維持装置と化してますが、飲むのを嫌がるピッピの反応もわかるので、なかなか機械的にはいかないのが難しいところです。

そうそう、友人からこんなメールをもらいました。「アフリカで治療にあたっていた医師たちが満足な医療設備がないため、目の前で脱水症状で亡くなっていく赤ちゃんに手をこまねいていて、苦肉の策として、母親にスプーンで一匙、一匙、水を飲ませていったらしいのですが、医師の予想に反し、点滴のほうが摂取量としては多いはずなのに、赤ちゃんの回復力は口から飲んでいた子の方が良かったというのをどこかで読んだことがあります。」 これはまさに今の私の実感。やはり"口から"が自然の理に適ったことなのでしょう。ところが今朝はさっそく吐いてしまい、一回分の食事と水分を失ってしまいました。山あり谷ありです´▽`A

2004年4月8日(木) 点滴中断

突然ですが、点滴を中断することにしました。昨日の闘病日記で「足はおススメですよ〜♪」などと暢気に言ってたら、大変なことになってしまいました!いつものように点滴を終え、「さぁ、針を外そう」と思ったら、何か変。なんと、ピッピの点滴した方の足が棍棒のように腫れ上がっているのです!片方の足より軽く2倍以上に膨らみ、肉球もパンパンで足の先がパーをしたように開き切ったまま・・・・。
(←背骨がはっきり見えるようになってしまったピッピ。自分では飲まず喰わずでも元気!)

全身の血が引きそうになるのをかろうじて踏ん張り、なんとか針とテープを外したものの、ピッピは痛がって腹の底から搾り出すような声で鳴いています。普段は我慢強いので、相当痛いのでしょう。でも取らないことにはいくら点滴を止めてもうっ血はひどくなるばかりのはず。何とかすべてを外し、布の包帯で患部を覆うまでかれこれ30分。ピッピは今しがた食べた物を全部吐き出し、私はピッピを抱えて再び涙、涙、涙。「どうしよう、ピッピ。もう点滴を打つ場所がない。」

今朝目が覚めたら、足の腫れはかなり引いていました。それを見て、気持ちが固まりました。「点滴できないんだったら、口から飲ませよう!」 ここでも触れたように、化学療法中の3月19日の時点では、1日250ccを飲ませるなど、"非現実的"でした。でも今のピッピはほとんど吐かなくなるほど消化機能が回復してきているので、決して"非現実的"ではないはずです。あとはピッピの許容量次第。「よし、やろう!」 朝7時に20ccの水から開始。あとは、(2時間おきに10〜20cc×8回)+(食事の時に12cc×5回)=計180〜190ccが、今日の目標です。

点滴だとトイレに行く回数も飛躍的に増えるので、水分が身体に留まっている時間はかなり短いのですが、口からとなると時間が長くなるため、量を犠牲にして試してみることにしました。もちろん脱水症状をチェックしながらの、手探り状態ですが・・・。休暇から帰ったドリスとも電話で確認し、"It sounds good to me"と言われ、よくよくだったら水分の皮下注射を打つということで、とうとう彼女の手を離れることに。ここからは完全に、"医療"から"愛療"に移行します。

がんばろうね、ピッピ。

2004年4月7日(水) 鶏と龍

昨日から点滴が足になりましたが、意外や意外、手よりよほど詰まらず、快調に250ccを終えました。手の方が手首(?)から先を内側に曲げこんだり、胸の下に入れたりいろいろ動きがありますが、足は下半身がドンと乗ったきり動かないせいか、非常に調子良くとっても助かりました。いつ見に行っても、6秒に1滴、ポタッ♪♪♪ポタッ♪♪♪ もしも、在宅でネコに点滴してる読者の方がいらしたら(いますかね?)、足はおススメですよ〜♪

若干とはいえ再び吐くようになったものの、それ以外の調子はまあまあなので、新しいサプリメントを試してみることにしました。これは「ブランズ・エッセンス・オブ・チキン」(中国語名は「白蘭氏」)という液体の滋養強壮剤で、160年以上の歴史を誇るアジアでは知らない者がいない人気絶大商品です。シンガポールが発祥の地で製造元のセレボス・パシフィック社は主力商品がこれしかないのにもかかわらず堂々上場企業で、私も何度かオイシイ思いをさせてもらいました(仕事でですが^^; サントリーも出資してます)。

産後に香港人の友人から何箱かもらいましたが(かなり高価でよくお遣い物に使われます)、「チキン汁かぁ〜」と思うとどうも飲む気になれず、私自身は一度も飲んだことがありませんでした。しかし、藁をもつかむ現在の情況、ドリスからも代理の先生ジャックからも、口を揃えて「白蘭氏あげてる?」と言われ、とうとう飲ませることに。薬局に行くと、いろいろなフレーバー(?)があることがわかり、抗癌作用が高いと言われる「霊芝」(サルノコシカケ科マンネンタケ)入りにしてみました。

92.6%はチキン・エッセンスというものの、2%の霊芝、1.5%の棗と、他にも何種類かの漢方薬が入っており、ピッピの目ははっきりと「これ、ホントに飲まなきゃいけない?」と哀願していましたが、「ママも飲んだから」と訳のわからない説得で、水割りにして飲ませました。おかげで吐きもせず、すでに3回飲みました。今日は夫と子供が霊験あらたかと言われる、箱根の九頭龍神社にお参りに行っているはず。さぁ、鶏か龍か?何がどう出る?

2004年4月6日(火) 一喜一憂

「なんか、水分足りてないな〜。」 昨夜10時間の点滴を終え(しかもいつもより100cc増)ピッピを抱き上げた時に、普段と違うものを感じました。最後の流動食も私が寝る直前に戻してしまい、なんだかんだと毎日1回以上吐くようになってしまいました。2日間近く吐かなかった日が続いたのに、また暗転(涙) しかし、ここ3日間は、夜は私のベッドでくっついて寝てます。お互いこうしてると一番安心です。

今朝も「さぁ、点滴開始!」とセットしたら、な〜〜〜んと、脇からポタポタ液が・・・。ガ―――ン!ピッピの足に刺さっている方の針が外れてるのです!これは自分ではどうしようもないので、さっそくドリスの代理の先生に駆けつけました。前足はもう打つところがないので、とうとう後ろ足にセットすることに。先生も「やったことない」と、正直に打ち明けてくれましたが、バリカンで毛を剃り、浮き出た血管に針を刺し、何とか成功。
(←病院に行くのを察して逃亡。化学療法開始以降、1ヶ月ぶりに窓枠まで上りました)

後ろ足は座っても寝ても身体の下に挟まってしまい、管が詰まりやすく今以上にモニターが大変になりますが、な〜んの、なんの、ピッピのために日本にも行かずにいるんだから、何でもやりまっせ〜♪ ぐっすり眠っているのに足の位置をずらすために起こしちゃうのが気の毒。寝てでもいなけりゃ10時間もジッとだなんて、やってられませんよ。ホントにピッピは我慢強いというか、頑固というか(笑) ここまで来たら「水、飲んじゃえば?」って感じですが、何かの事情でそれより10時間の点滴を選んでいるようです。それこそ気の毒。

発熱以降、見た目の調子はいいものの体重は落ちる一方で、今日は4.68キロでした。体重計の無機質なデジタル表示を見て思わずゾッとしました。点滴と流動食を止めたら2日ともたないでしょう。ピッピの命は相変わらず皮一枚のところでつながっているのを実感し、改めて神妙な気持ちになりました。匂いを嗅ぐのも朝方だけで、日中はまったく無反応。同時に表情も埴輪(はにわ)のように遠くを見つめる深い目になってしまい、目前のものには関心を示さず、匂いが嗅げる時とは全然違ってしまいます。当面はこの「埴輪タイム」が少しでも短くなるよう祈りましょう。

2004年4月5日(月) オネショ方程式

「もしかしたら?」と思っていましたが、とうとうピッピの粗相がオネショ方程式をもって解明されました。それは、"点滴+湯たんぽ+サプリメント「トランスファー・ファクター」=オネショ"というもの!点滴で水分たっぷりなところに、湯たんぽを抱いて気持ち良くなり、とどめに眠りが深〜〜〜くなる「トランスファー・ファクター」で、本来きれい好きなネコでも起きられないくらいの夢心地に♪〜・・・ということらしいのです。

「トイレまで行けないこと自体、相当弱っている証拠」と、不安と不憫さでおいおい泣いた2日の夜もしっかり夜7時に「トランスファー・ファクター」をあげており、3日も朝一番にあげたら昼に1回粗相がありました。昨日も朝イチにあげ、その後あまりの爆睡ぶりに、お昼をスキップして3時になって「遅い昼食を・・」と思ったら、すでに粗相の後でした。手元の記録と照らし合わせると、サプリメントを飲んで湯たんぽをセットした場合、3〜4時間でおもらしが・・。なぁ〜んだ、そういうことだったのか!大泣きして損した。ちぇ!・_・。

しかし、トイレにも起きないほどぐっすり眠ってしまうせいか、起きた後は顔つきがスカッとしてます。量を増やすと、気のせいばかりでなく確実に調子が上がるので(発熱した3日は1カプセル増やしたところ、夜にはあの回復!)、多少の粗相はこの際気にしないことにします。(←スカッとした顔)

試しに糖尿病持ちのチャッチャにも、餌に混ぜて半分あげてみたところ、ぐっすり眠ってました。まぁ、これはいつも通りなのですが(笑)、起きたらティーカップを持つ私の手にスリスリというか、グイグイしてきて「遊ぼ!遊ぼ!」の大攻撃!何度もお茶をこぼしそうになるほどの元気ぶり!今夜は私が飲んでみることにします(元々人間用なので)。(→いつも爆睡だニャ〜)

ところで昨日の夜になって「幸せのうんち」らしきもの発見!いつもの太さ、長さ、量のチャッチャのものと思しきものの隣に、まるで寄り添うように、それよりほっそり短いのが控えめに置いてあり、現場は押さえられなかったものの、こっちはピッピのでしょう。2種類の色も違うし。となると、週一、日曜排便はこれで3週間目。そこそこ食欲も上がってきたのにこの量と言うことは、少しは血となり肉となってるのかな?しかし、今朝も昼食を全部戻してしまい(急いであげすぎた?)、なかなか一筋縄ではいきません。

2004年4月4日(日) ブレークスルー

一昨日から一転、昨日のピッピはすっかり平熱に戻り、日中はずっと寝てました。夜になるとほぼ3日ぶりに家の中を散策しだし、大好きな善のベッドのところへ。どうするか見ていると、ヒョイと難なくベッドへジャンプ!思わず証拠写真を激写→ 午後に粗相はあったものの、その後は自分でトイレへ。どうやら今回の発熱の峠は完全に越えたようです。更に、久々に上がった善のベッドの匂いを一生懸命嗅ぎ始めるではないですか!鼻がヒクヒク動いているのがはっきりわかりました。あまりにも食べ物に興味を示さないため、私もドリスもピッピの嗅覚がすでに失われてしまったのではないかと訝っていましたが、どうやらそうではないようです。これは快挙です!

夜はいつものようにケージでバリケードを作っておいたら、な〜〜んとそれを飛び越えて(←この通り)、外に出てきてしまいました!そして私がベッドルームに入ると付いてきて、けっきょく朝まで一緒に寝ました。もちろん、粗相もなし♪ やったぁぁぁぁぁぁ!しかも、朝ベッドの中で喉の周りをなでてあげていると、ゴロゴロと喉を鳴らし始めたのです!信じられない!化学療法が始まってから、かれこれ1ヶ月聞いてなかったこの音!更に嬉しいことに、今度は私の掌に鼻を押し付け、親指の付け根のふっくらしたところを舐め始めたのです!!もう、ただただ感動で思わず抱きしめてしまいました。これは生まれた時からのニ匹の癖で、特にピッピは「舐めネコ」の別名があるほど、この癖が化学療法までずっと続いていたのです。

何かを突き抜けたようです。「なんて爽やかな朝!」と思っていたら、いきなり外で蝉の声。気温も一気に上がって、夏日になりそう。洗濯物も一気に乾くでしょう。さぁ、次は水飲みと食事。がんばろうね、ピッピ!と、気合を入れてたら、いきなり少しだけながら、目の前で吐いてしまい、あららららら。

やっぱり気長にやりましょう。ありがとう、ピッピ!

2004年4月3日(土) 初めての発熱

一昨日のおもらしはけっきょく3回でしたが、昨日日中は1回だけ。点滴をしている間は何回もトイレに行くので、失敗1回はラッキーでした。ところが、昨日午後になって39.4度の発熱。ネコの平熱は38〜39度で、ピッピはいつも38度台なのでこれはかなりの高熱。湯たんぽのせいかとも思いましたが、その後39.8度まで上がり、とうとう休暇1日前のドリスに電話し、抗生物質の皮下注射を処方してもらいました。私が錠剤をあげるのを嫌がるであろうことを見越した心憎い配慮です。薬自体もうあげたくはないのですが、解熱の気配がないので夜8時にとうとう注射。

10時に点滴を外し、12時半に最後の水と流動食。1時ごろまで様子を見てぐっすり眠っているのでこちらも早く寝ようと、最後に湯たんぽを取り替えに行ったら、な〜んとピッピの眠っていたタオルケットがおもらしでかなり濡れているのを発見。1回の量ではなさそうです。何度か湯たんぽを取り替えているので、夜になってからした模様。熱のせいか、いつもよりベッドから出るのを嫌がるピッピを外に出し、慌てて何枚ものバスタオルと交換して新しくベッドメイクし直しました。毛布、タオルケット、ソファーカバーと濡らしてしまい、もう大きな温かい布がなくなってしまいました。
(←何枚ものバスタオルにくるまって。青い包帯の下には点滴針)

その時、急に涙がこみ上げ、ピッピを抱きながらおいおい泣いてしまいました。こんなにきれい好きのネコが目の前のトイレまで行けないこと自体、相当弱っている証拠です。それでも私は流動食や水を流し込み、抗生物質を注射し、「これは本当にピッピが望むことなんだろうか?」と思うと、不安と不憫さで泣けてきました。ピッピはしばらくじっと抱かれてからベッドに帰りたそうに身をよじり、湯たんぽの脇に帰っていきました。

とうとう私は同じ部屋にマットレスを持ち込んで、添い寝することにしました。すぐ傍にネコトイレがあり、その向こうのキャビネットの中でピッピが眠っています。何かあれば気が付くでしょう。夜中にピッピが出てきてうろうろしていたので私のベッドに入れてあげるとしばらく一緒に大人しくしていましたが、再び自分のベッドに戻っていきました。添い寝をしてもらっているのは、実は私の方でした。

2004年4月2日(金) ベビーフード

「ペットプロジェクト その2」で、看病と育児がいかに似ているかを取り上げましたが、流動食と離乳食も本当によく似ています。飽きないよう、少しでも多く食べてもらえるよう手を変え品を変えし、一生懸命作っても気に入らないと、プイッと顔を横に向けられてしまうところまでそっくりです(苦笑)。ピッピは焼きアジ、キャットフード(缶詰やレトルト)をすり潰したもの以外に、ドリスの勧めでベビーフードも食べています。
(←懐かし〜い瓶!市販のものはたまにしか買わなかったんですが)

「ベビーフードもいいわよ」と言われた時、てっきり子猫用フードのことだと思ってましたが、何のことはない本物のこと。ペースト状になっているものであれば、そのままスポイトで吸え、栄養価が高いというのがドリスお勧めの理由。今では毎日の組み合わせの中に入れています。

「吐かない記録」は44時間でストップ(涙) 昨日午後の食事の後、私が逆流した血で詰まった点滴針と格闘している時、ピッピはトイレに行き、ついでに食べたものをきれいに戻していました。多分、点滴の管を外すので抱いたり降ろしたりしているうちに、お腹を押してしまったのかもしれません。化学療法の最中のような絞り出す吐き方ではなかった模様。最近は吐き跡を見れば、どんな風に出たか想像がつくようになってきました(笑)

夕方にはあまりにも湯たんぽが気持ち良かったのか、な〜んとベッドでおもらし! 初めてのことにビックリでしたが、衰弱のせいというより、爆睡してて起きられなかったためのオネショらしい^^; おいおい、ピッピぃ。ところが、夜に再び・・。今度はぐっすり眠っていたわけではないので、再びビックリ。どうやら点滴針の位置が歩きにくいせいか、上手く前に歩けず、後ずさりしてしまうためにトイレに行けない?らしい。その後はトイレまで抱いて行き難を逃れましたが・・・この一件、どういう展開に?

2004年4月1日(木) 看病三昧

今日、夫と息子が休暇で日本に帰りました。ピッピの看病がある私は居残りです。ドリスも休暇に入るので、本当に私とピッピで向き合う日々となりそうです。まったく一人で12日間も過ごすことなど、結婚してから一度もないので、これはピッピがくれた休日だと心して、普段できないことをしようと思います。まずは寝ること(笑)。それから片付けかな? 持ち物を3分の1くらい、せめて2割は減らしたい!(野望)

一昨日の夜9時を最後に吐かなくなり(もちろん下痢もなし)、今朝も吐いた跡はありませんでした。今のところ「吐かない記録」は40時間に! すごい、すごい! 植物酵素の「スーパーワンにゃん」が効いてきたのかもしれません♪ 消化器官がかろうじてでも機能していれば、いつかは水を飲み、食べ始めるものと信じています。これに気を良くして、流動食の水分もやや抑え目にして、食べ物の量を増やしているので、近々再び「幸せのうんち」が拝めるかも♪

しかし、天気がすぐれないせいかピッピは1日中キャビネット・ベッドで寝ています。
(←本当は善のベッドで寝たいピッピ。子供部屋のドアは鍵がなく、押せば開いてしまうのでピッピが開けないよう段ボール箱を置いたら、中に立てこもられてしまいました)

午前中に針の中で固まった血をドリスに取り除いてもらい
(診察代はたったの700円。予備の注射器までくれて、なんて良心的!)、昼から点滴を再開しましたが、たいして嫌がりもせずにベッドにいます。かと言って懇々と眠っているわけでもなく、目にも力が戻っています。ずい分前に買ったきり使っていなかった、透明のビニール製湯たんぽを思い出し、タオルにくるんでお腹の下に敷いてあげたら、すっかりお気に入りのようです。



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