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2004年3月31日(水) 点滴再開

昨日はドリスと電話で話した後、クリニックに行き、最終的に点滴を再開することにしました。やはりただの水分補給では足りないようです。「なんだったら後ろ足でも」と言われましたが、けっきょく前々回使った前足で、針を打つ場所を変えて対応しました。まずは150cc分を点滴。回復傾向だった容態に弾みが付いたのか、5時間で点滴を嫌がり始め、途中で外してあげると歩き回ったり、夫の膝で寝てみたり、ずい分と元気です。
(←突然パパのお膝でスヤスヤ)

おしっこの量も一気に増え一度量を測ってみたら、1回で50ccもありました!こんなに時間かけて点滴しているのに、出るときは一瞬です(涙) 下痢も止まっており、再び土曜日の状態に。

なんとドリスがイースター休暇でタイに行くことに! 「開業以来1年半で初めての休暇なの〜♪」と、さすがに嬉しそう。しっかり者の彼女、不在の間も1日を除いては友人の獣医がクリニックを開けてくれるそうで、ほぼ平常営業を続けるとか。「獣医なら誰でもいいわけじゃなく、信頼できる人となるとなかなか探すのが大変でね。」と言ってましたが、患者にとってはどんなに心強く助かることか。

それでも不在中の負担をなるべく少なくするために、こまごまとアレンジしてくれ代理の先生に会うのは針を交換する1回で済みそうです。ところが、今朝になっていきなり点滴針が詰まってしまいました。今日はドリスの定休日! 昨夜、点滴を嫌がりだしてドタバタした時に血が逆流して固まってしまったようです。しかも、ピッピの足に刺さった方の針が詰まってしまったので、私達にはお手上げです。"Enjoy your holiday in Thailand."などと言って分かれてきたのに、また明日ドリスのもとへ・・・。

でも今日は丸1日吐かなかったという快挙達成!やった、ピッピ♪

2004年3月30日(火) 生きる楽しみ

さすがにお腹が空っぽなのか今朝は吐き跡がありませんでした。善のベッドで寝られなくなったピッピのために、昨夜はキャビネットの一番下を片付け小部屋を作りました。そこに善の毛布を敷き(善ごめん。別のを買ってあげるね)、専用ベッドを用意しました。ピッピが出入りできるぐらいまでドアを閉めれば、いっぱしの部屋です。弱っている時こそ、暗くて温かい場所を求めるので、なかなかいい場所かもしれません。
(←新しいキャビネットベッドで毛布とタオルにくるまって眠るピッピ)

けっきょく今朝までここでぐっすり。パソコンのある部屋なので、子供部屋よりモニターし易いのも助かります。今朝も100ccの水分注射をしましたが、やはり点滴ほどの効果はないようです。容態は昨日よりもやや回復していますが、疲れているようでベッドから出てきません。

昼過ぎにドリスから連絡が入り、状況を説明するとしばらく考え込んでいました。そして、「ここまで来ると正直なところ回復の見込みはないかもね。飲むことにも食べることにも興味を示さず、生きることに前向きなことって何もないでしょう?今のピッピには遊んだり食べたりする楽しみよりも、辛さの方が多いのよ。このまま今までのやり方で行けるところまで行くか、ラクにしてあげるか、心しておいた方がいいかと思うわ。」と言い出しました。

それに対し、「前にも言ったかもしれないけど、ピッピは今でも爪を研ぐのよ。化学療法を始めてから毛づくろいはしなくなったけど、爪を研ぐことだけは毎日してるの。歩けるし、椅子ぐらいだったら飛び乗れるし、チャッチャと話しているようだし、生きる楽しみって少しは残ってると思う。私はピッピが苦しんでいない限り、このまま行けるところまで行くつもりよ。来月の日本への一時帰国もあきらめたし、看病体制はバッチリよ!」と答えると、受話器の向こうでほっとしているドリスの様子がよくわかりました。忙しさと費用負担から安易に安楽死に走る香港人の姿を日頃から嘆いている彼女らしいです。今の私には、とりあえず時間だけはあります。あと、わずかながらも退職金も。

大丈夫、ピッピ。いつもそばにいるよ。

2004年3月29日(月) 在宅医療

一夜明けても相変わらず弱々しいピッピ。ここ2、3日すっかり気に入っている善のベッドの足元で、隠れるように寝ています。顔色も優れず、鼻の色も心なしか白っぽいまま。「こんな時こそ点滴!」なのに、昨夜ドリスと相談してしばらく点滴を見合わせることにしました。というのも連日の点滴で、両前足が傷ついてしまっているからです。今は免疫力が落ちているため、小さな傷もあなどれません。しばらくは点滴の代わりに、私が毎日2回、水分を皮下注射することになりました。
(←善のベッドにて。27日撮影で今日より色艶のいい顔)

これは立派な医療行為です。直径2センチもある太い注射器を使い、点滴バッグ状のビニール袋に入った水分を朝夕1回100ccずつ打つのです。注射器が大きい分、針も長く、ピッピを誰かにしっかり抑えてもらっていないと簡単に針が筋肉に刺さってしまいます。昨夜ドリスに教わってはきたものの、ぶっつけ本番。夫を看護士代わりに、注射針をアルコールで消毒し、スイッチを入れて注射器に水分注入、背中の後ろの打つところも消毒し、そこの皮を摘んで持ち上げ、背中に並行に針を刺し、圧力を感じながらもゆっくり一気に注入・・・。言うのは簡単ですが、正直かなり緊張します。背中ももっこりこぶができるほど大きくなります。ドリスの時は大人しいピッピも、さすがにもぞもぞもぞもぞ・・・。

しかし、皮下注射には糖分やビタミンが注入できないそうで栄養価はなく本当にただの水。流動食を3回に1回くらいは吐いているピッピにとって、この違いがどう出るか?特に今のように弱っている時は・・・。今日も午後になって少しながらも軟便が出て不快そう。下(しも)の問題がある以上、善のベッドに寝かせることはあきらめ、ピッピには可哀想ながら子供部屋のドアを閉めてしまいました。入りたがっていつまでもドアの前で座っている姿は本当に不憫でしたが、ネコトイレから一番遠い部屋でもあり、仕方ありません。その代わり、別の場所を試すことにしました。

2004年3月28日(日) 「幸せのうんち」、そして・・・

今日は「ラグビーセブンス」の最終日。1年で最も楽しみにしている日の上、「香港在住中の見納めか?」と思われ、大いに悩んだ挙句、今朝になってピッピをドリスに預けて私も行くことに決めました。
(←化学療法ですっかりヒゲが抜けてしまったピッピとふさふさのチャッチャ)

ピッピは化学療法を止めてちょうど一週間経つのに相変わらず吐いています。容態はまずまず。ニュージーランド留学のドリスもその辺のところはよくわかってくれ、"Enjoy!"と言って送り出してくれました。あ〜、持つべきものはこういう獣医♪

かなり家にこもりがちだったので大観衆に混じって大声で声援を送り、かなり気分転換に。エネルギー補給にもなったようです。さすがに決勝戦観戦はあきらめ、7時にはお迎えに。ドリスや看護婦さんの至れり尽くせりと点滴で、てっきり元気になっているのかと思いきや、ドリスが"I'm very worrying"と言った先週の日曜にそっくりな様相! しかも今週は家に連れ帰っても元気にならず、なんとなく弱々しい感じです。

疲れ切っているはずなのに、ピッピは家の中をウロウロ歩き始め、普段行かない場所にも立ち寄り、嫌な予感。メルマガ
「ペットプロジェクト」で取り上げた悪魔が来ていた夜によく似た行動パターン。鳴いてないのがせめてもの救いか? それとも鳴く力もないのか?ところが、ウロウロの最中にふと入ったトイレで、突然ぽとんと、排便をしました。待ちに待った一週間ぶりの「幸せのうんち」! 「やった〜!」と小躍りする私。接写で写真を撮っている夫。これはピッピの消化器官がまだ機能していることを示す証拠です。かなり小さく細いものの、色も硬さも普通で、砂の上にちょこんと載っていました。

しかし喜んだのもつかの間、その5分後には盛大に吐き始め、ドリスが1時間半かけて食べさせた、たった20ccの食べ物を全部戻してしまいました。直後に下痢も始まり、辛そうに何度も何度もトイレに行っています。これも悪魔の夜にそっくり! こんな時でも必ずトイレに行こうとするのは本当に立派です。しかし、軟便ではどうしてもお尻が汚れてしまうので、私も温かい濡れタオルをもってピッピの後をついて歩き、拭いて回りました。そうしないと、ピッピが座ったところすべてに、おはじき大の汚れが残ってしまうのです。

私がラグビーに行かなければ家で大人しく過ごせ、少しはよかったのかもしれませんが、それ以上深く考えるのは止めておきます。今はとにかくピッピのがんばりに感謝。

2004年3月27日(土) 一進一退

けっきょく、昨日は夕方3時間ほどラグビーを観にいきました。「オールブラックス」対「日本」戦も観ましたが、本当に記憶に残らず、気持ちが集中していないのを感じました。

(←ドリスも知らないピッピの点滴スタイル。医療用ケージをまるごとトイレにしてしまった西蘭家の大胆さ!隣はピッピがお気に入りのネコトイレ・ベッド。しかし、元気がいい日は隙間から脱走しようとするので対応もタイヘン)

今朝は再び吐いた跡がなくホッとしたものの、よくよく手元の記録を見ると、ピッピは25日午後から昨日まで、食べた分をほとんど吐いています。だいたい2〜3時間に1回、食べ物か飲み物をスポイトであげているのですが、吐いた量からすると2回分をまとめて吐いたりもしており、ほとんどすべて戻しているようです。しかも口に入れてから4〜5時間も経ったものがまったく消化されずに、水分だけなくなって出て来るところを見ると、水分の吸収以外、食べ物の消化ということができていないようです。

「幸せのうんち」もいまだに出ません。これで丸々一週間です!下痢さえしなくなってしまったので、腸を通るものがまったくないという状態が続いています。栄養分を吸収する腸まで食べ物が届かないとなれば体重減少は避けられません。点滴で水分だけは足りているせいか、相変わらず見た目はそこそこ元気ですが、弱っていてももう少し食べ物を受け付けていてくれた時期の方が安心感がありました。「今週は水くらい飲み始めるかな?」と密かに期待していましたが、とんでもない話でした。

今週のピッピは、
「月・火」→在宅点滴開始で比較的元気。ケージを嫌がり、食欲はまあまあ。
「水・木」→1日ケージで動かず、ひたすら点滴。食欲減退。自然療法を本格的に開始。
「金・土」→比較的元気で再びケージを嫌がるものの、2日近く食べたものを全部戻す。

どれがいいのか?まったくの横ばい状態で一進一退です。

2004年3月26日(金) ラグビーVSピッピ

けっきょく、昨日は夕方3時間ほどラグビーを観にいきました。「オールブラックス」対「日本」戦も観ましたが、本当に記憶に残らず、気持ちが集中していないのを感じました。今朝は吐いた跡がありました。吐かなかった朝は2日でストップ。残念。薬を止めても内臓機能の低下はそう簡単には戻らないようです。あまりの体重低下に若干食べ物を増やしたのがいけなかったのかもしれません。それでもせいぜい10〜20ccの追加なんですが。さじ加減が難しいところです。その差たるや、本当にティースプーン1、2杯の話です。
(↑発病前の定位置、椅子の上に飛び乗って・・・)

昨夜は点滴のせいか元気になり、途中からケージの中で大騒ぎ。なんとか外に出られないかとガタガタゴトゴト。根負けして途中で点滴断念。椅子に飛び乗りクッションで丸くなって寝たりして、かなり元気そうでした。それで安心して寝たのに、また吐き跡が・・・。

一昨日から香港はラグビー一色で、一昨日、昨日は社会人クラブチームによる10人制ラグビー「ラグビーテンス」があり、今日からは待望の7人制ラグビーの国際大会「ラグビーセブンス」が始まりました。でも私はピッピに付きっ切りで、まだ一試合も見ていません。「せめてニュージーランドの試合を!」と思ってますが、今になってピッピが点滴の針を抜いてしまい、あろうことかトイレの砂の上に放っぽり出していたことが発覚!これから針の消毒にドリスのところまで行ってきます。寒いのでケージをトイレごとすっぽり覆ってしまい、点滴液が時間通りに減っていたので、まったく気が付きませんでした(涙)

さて、今日中に「オールブラックス」をこの目で見ることができるか?

2004年3月25日(木) 薬お断り

今日も朝の吐き跡はありませんでした。2日連続♪ しかし、朝ごはんを食べさせた後(と言ってもスポイトで20ccですが)、私の抱き方が悪かったのか全部吐いてしまいました(涙)。一進一退です。今日はとりあえず点滴をせずにドリスのところへ。点滴をしないとあっという間に毛が硬くなってきて、脱水症状を起こしているのが良くわかります。本人も辛いだろうに、水さえ飲まないというか飲めない状況が不憫です。
(←23日撮影。ケージを嫌がって中で大暴れ。包んだバスタオルはかぎ裂きだらけ。首に結んだハンカチは爆竜戦隊「アバレンジャー」!「それはキミだろ?」とツっ込みたいほどの元気。爪とぎを渡して怒りをこちらにぶつけさせました。でもけっきょくケージは放棄。今日とは大違いの積極さ)

「まだ食べないんだったら、食欲増進剤を処方するわ」と、ドリス。ここ2、3日、電話で話すたびに薦められてきましたが、言葉を濁してやんわり断ってきました。でも今日という今日は彼女も真剣です。「前回もらった食欲増進剤は飲むとすぐに泡を吹いて吐き出してたし、これ以上薬を飲ませるのは止めようと思うの」と、はっきりと断りました。彼女は驚いたようで、いかにこの薬が優れているかを説明してくれましたが、けっきょく断りました。もうこれ以上、ピッピを苦しめることはしたくないのです。夕方から点滴再開。

昨日、今日の香港は花冷えのお天気で、そのせいかピッピは点滴の管つきでネコトイレ・ベッドにこもったきり。管を外しても出てきません。水分補給が十分のせいか、顔色はそこそこいいのですが、全体的に弱々しい感じなのが気になるところ。吐くのを恐れて流動食(しかも水で目いっぱい薄めたもの)を一時の一日100cc以上から70〜80ccにまで落としてしまったことも一因でしょう。幸い、「トランスファーファクター」はまったく吐かず、「スーパーワンにゃん」も上げ方のコツを覚えたので、免疫力アップの効果を見守ります。発病前7キロ近くあった体重はついに5キロ以下に。

2004年3月24日(水) 自然療法へ

けっきょく、昨日は「幸せのうんち」は出ませんでした。そして今日も出ませんでした。月曜の朝に下痢の跡を見つけたのが最後なので、ほぼ丸3日間排便がないことになります。これはいいことなのか悪いことなのか? 個人的には食べた物が消化されないで下痢として流れてしまうより、多少でも身体の中に留まってくれた方がいいのだろうとは思いますが、3日間となると別の心配も出てきそうです。
う〜〜ん???
(←流動食を食べ終え、食べたピッピも食べさせた私もホッと一息)

化学療法を断念した今、すべての飲み薬もストップしました。ステロイド系の「プレッド」だけは量を少なくしながら5〜6日続けるように言われましたが、それさえ白い泡状のものを吐くので止めてしまいました。この薬を飲むことで身体から分泌されるべきものが完全に止まってしまうので、段階的に薬を減らし身体からの分泌量を増やして・・という説明でしたが、これ以上苦しそうに吐くのを見ていられません。昨晩は飲ませなかったので、今日は久々に毎朝恒例の吐き跡がありませんでした。どちらがいいのかは神のみぞ知るですが、飼い主として「ピッピの命」という最大限のリスクをとって判断しました。

かといって治療を止めた今、座視しているわけでもありません。ここからは自然療法、民間療法頼りの手探りですが、ピッピに負担にならない範囲で思いつく限りのことをしてみようと思います。まず、20日(土)から行きつけの美容師さんの薦めで
「トランスファーファクター」(牛の初乳とニワトリから摂れる免疫に関する情報伝達物質)開始、22日(月)にはプロポリスを食べ物に混ぜてみました。そして今日、24日にはアロマセラピストの友人が送ってくれた「スーパーワンにゃん」(「大高酵素」と呼ばれる植物エキスの犬猫用)が届きました。
これらはすべて治療ではなく、免疫力を高めるためのものです。どうなるかわかりませんが、とにかく試してみます。まずは協力してくれたみなさんに深く感謝します。

2004年3月23日(火) 幸せのうんち

朝起きるとすぐにピッピの様子を見に行くこと以外、家の中をくまなく歩くことも日課の一つとなりました。ピッピが吐いていないか、お漏らししていないかを探すためです。今日は洗濯物乾し場に吐き跡が。胃液と食べた物が半々ぐらいで量は20ccっていうところでしょうか?お漏らしの痕跡はなくホッ。
(←往診の時に検査用血液を採取。左がトレードマークのハデハデ・エプロンを着たドリス)

今日は一つ期待していることが・・。それはピッピがうんちをしてくれることです。ドリスに預けた日曜に下痢ではない排便があったそうですが、私はここ1週間見ていません。毎日何十ccかの流動食じゃ、出るものも出ないのでしょう。ドリスから処方された流動食用に水で溶いてあげているキャットフードは、チキン味で魚オンリーのうちのネコにとってはかなり苦手なもの。しかし、市販のものより栄養価が高いらしく、「少量しか採れない身にはいいかな?」と思ってきましたが、さすがに1週間続けてもう限界。ドリスでさえ食べさせられないほど、ピッピは拒むようになってしまいました。

「味が嫌いなだけで、食べることを嫌がっているんじゃないはず。」と堅く信じ、昨日、日本のメーカーのキャットフードを何種類か買ってきました。それをすりこぎで潰し、針をつけていない注射器でも吸引できるまで細かくして流動食代わりしたところ、な〜〜んとたいして嫌がらずに20ccをペロリ♪ その後調子に乗って30ccあげ(さすがに後で吐いてました)、夜寝る前に再び20ccをあげ(朝吐いてあったのはこの一部)、ここ数日では最高の成功率達成!「これで硬いうんちも夢ではないかも♪」と密かに期待しているところ。

こんなことだったら、あんなに苦労することなく、さっさと変えておけばよかった〜。ごめん、ピッピ、無理強いして。ともあれ、食べることを嫌がっていないのがわかったのはグッドニュース。ドリスもビックリで、「どこのメーカー?子猫用?どんなフレーバー?」と身を乗り出してきたくらいです。しかしまぁ、赤ちゃんのオムツ交換と一緒でうんち一つで喜んだり、幸せな気分になれたりするんですから、世の中何が幸いするかわからないものです。

さてさて、出るかな?

2004年3月22日(月) 点滴持ち込みで自宅療養開始

昨夜はピッピのあまりの衰弱ぶりに、「私が自宅に連れて帰るか、あなたが点滴を家に持って帰るかどちらかしかないわ。」とドリスに言われ、迷わず後者を選びました。専用ケージや点滴セット一式を自宅に運び込み、管が詰まった時の対処などを詳しく聞き、ドリスと分かれたのは8時過ぎでした。「本当にいい先生に巡り合えて良かった。」とホッとしたのもつかの間、家に戻って同じくホッとしたピッピがケージの中で粗相をしてしまいました。
(←善のお下がりのフリースにくるまって。ケージをタオルで覆えば中でスヤスヤ・・の時も。)

敷いたバスタオルを取り替えようとすると、「どこに残ってたんだろう?」と思うほどの力を振り絞って、ケージから出ようとジャンプしてきました。もちろん点滴の管が付いたままですから、こちらはそれを押し戻そうと必死。強くもみ合ううちにピッピはあろうことか下痢の上に落下・・・(酷)。ついでにトイレ用の砂もかなりこぼれてしまいました。夫はドリスを送っていってしまい、子供はお風呂、けっきょく私一人で大奮闘。すぐにピッピを拭くものの、真っ白な毛が黄ばんでしまいました。汚れたタオルやクッションを取り替え、砂を片付け、なんとか体制を建て直した時にふと点滴を見ると、「と、止まってる!」

慌てて教えてもらって通りの手順で注射器を管に刺し圧力をかけるものの、暴れた時に血が逆流してしまったようで、どうにも貫通しません。ドリスとも携帯で連絡を取り合いながら何度も試してみるものの、けっきょく埒が明かず、9時近くに点滴断念。管を外されたピッピはいつものネコトイレ・ベッドに駆け込んで、そのままこもってしまいました。これにはさすがに疲労困憊。しかし、めげてもいられません。9時、11時半、1時半とスポイト(針のない注射器)で水分補給し、途中の1回は全部吐かれて2時就寝。

今朝はドリスを拝み倒して往診してもらい、11時半には再び点滴セット完了。さすがにドリスが来るとピッピも大人しく、私の時とは大違い。また管が詰まって私では対処できないようであれば、ピッピをドリスに送り届ける約束をしてしまったので、「ピッピもお家にいたいでしょう?だから静かにしててね。ママは下手だけど一生懸命がんばるから。」と懇願しました。そのせいか、本当に1日大人しくしててくれ、な〜んと夜9時まで点滴してました。点滴針は1回挿すと4日は使えるので、これから水曜まはこの状態が続きそうです。これが自宅療養の第一歩、がんばるぞぉぉ!

2004年3月21日(日) サヨナラ、化学療法

今朝は珍しく吐き跡がありませんでした。「でかした、ピッピ!」と言いたいところながら、本人は昨日同様に弱々しく、抱いてもやたらに軽く、毛は一段とゴワゴワに。ドリスに教えもらったように背中の皮を引っ張ってチェックする限り、脱水症状は更に悪化している様子。今日は子供のラグビーの打ち上げで、かなりの長時間、家を空けることになるため、自宅での流動食を断念して点滴をしてももらうことにしました。
(←流動食キット。ずっと使ってなかったエッグスタンドがこんなことで役に立つとは!)

「う〜〜〜ん。」 ピッピを前にしたドリスは腕組みしながら浮かぬ顔。「相当、脱水症状起こしてるわね。」 まるで自分がしかられているようにしょんぼりする私。昨日は一段と食事を嫌がり、半分は舌で押し戻されてしまいました。苦労して20ccあげても10ccはこぼしてました。1日の食事でお腹に入ったのがせいぜい40cc、痩せたとは言え6.5キロはあるネコには絶対的に足りません。水分も言われていた250ccの3分の1の80ccしか採れませんでした。しかも何回も吐いていました。「なんとか自宅で・・」とは思うものの、これでは本当に続くわけがありません。

夜7時に迎えに行くと、ピッピはびっくりするくらい衰弱していました。とても点滴の後とは思えないほど精彩のない顔色で(毛が生えていても毎日じっくり顔を合わせているうちに顔色がわかるようになりました)、本来ピンク色の鼻も半分くらい白くなっています。目の光も鈍く、毛並みが戻って水分が採れているのはわかりますが、疲れきっているようです。

"I'm very worrying"ドリスが言いました。「1日中ぐったりしていて、まったく鳴かないし。これまでと全然違うわ。食べ物も半分は舌で押し戻されたし。」 そうか、彼女の手にかかってもダメだったか。金曜の夜から土曜の朝にかけて本当に緊張を強いられた私は、ピッピの様子を見てもドリスほど怖いと思いませんでしたが、あの夜に次ぐ弱々しさです。まずいな。

その時ドリスが、「これ以上化学療法を続けるのはピッピのためにならいかも。」と、言いました。まさか、彼女の方から切り出されるとは! 私は静かにうなずきました。「実は今日1日中ずっとそのことを考えていたの。賛成だわ。薬を変えて始めからやり直す気もないし、止めましょう。」 私たちはお互いの目を見ながら相手のはもちろん、自分の意思をしっかりと確認しました。再発した場合、ネコは再び化学療法をしてもイヌと違って改善する見込みがないことは最初に説明されています。ですから止めてしまえば、ここから先は片道切符です。でも、私達に迷いはありませんでした。これ以上ピッピを苦しめるのは止めよう。ピッピは十分がんばった。もう、ゆっくり休んで・・・。

2004年3月20(土) 脱水症状

「ママ、ピッピが吐いてるよ〜」という子供の大声にすっ飛んで行くと、確かに吐いた跡が・・・。すぐに掃除開始。週末の朝はこんな風に始まりました。ピッピはいつものトイレット・ベッドで寝ていましたが、その寝姿を見てドキリ! いつもの脚をあごの下に置いたりする見慣れた姿ではなく、妙に伸びきったような、寝ているというより横たわっていると言った方がいいような姿でした。

思わず手を伸ばして触ってみました。毛がいつもよりゴワゴワしていて(これも典型的な脱水症状であることはこの時点では知りませんでした)、息も心なしか浅い感じで明らかに昨日より弱っています。しばらく抱いてみましたが、とにかくタオルで覆って暗くしたベッドがいいようで、戻って行きました。けっきょく、1日中そんな寝姿で本当にのぞくたびにヒヤリ。昨夜とは一転、まったく歩かず、まったく鳴かずで、消費エネルギーを最小限に抑えているようです。

さすがに本腰を入れて流動食(水も)に取り組みましたが、午後になるに連れてひどく嫌がり、口に入っても押し戻し、20ccあげても全部吐いてしまうようなことが何度かありました。辛そうな姿に私の中で「化学療法を止めよう。」という気持ちが急速に固まってきました。病気を抑え込んでも、飲まず喰わずでは生きていけません。来週火曜の1日入院の後、今週の火曜のようなことになったらどうなるのだろう?と、考えるだに恐ろしくなりました。明日には答えを出しましょう。
(↑毛を剃った部分がうずら玉子大の腫瘍のあった場所。今では左右まったく同じに。しかし、この副作用・・・・)

2004年3月19日(金) 点滴と流動食

朝お約束の吐き跡発見以外、特に変わったことはなし。最近は目が覚めるとまずピッピの様子を見るのが日課です。朝からドリスのもとへ。今日は点滴針を抜かなくてはいけないので、抜く前にもう一度栄養剤を補給しておこうという訳です。勧められた時はあまり気が進まなかったものの、昨夜は明らかに元気だったので気が変わりました。

しかし、点滴に流動食、これ以外食事と水分を採る方法がないとは!家では私がピッピのライフラインとなって、注射器で水や流動食を与えるしかないのです。ところが必要量を全部この方法で採るとなると、かなり非現実的な回数になってしまいます。例えば水。1日250cc与えるとなると、注射器(10cc)で25回! 1回20ccでさえ、嫌がる時にはくんずほぐれつ状態なのに、それを1日10回以上もやるとなったらそれだけでピッピはぐったりでしょう。かと言って毎日ドリスのところへという訳にもいかず。(犬や他の動物もいて、それ自体かなりの負担のはず)

今夜は帰ってくるなり、昨日とは打って変わって鳴きながら何度も何度もトイレに行き、どうも便意があるのに出ないという様子。あまりの頻度にとうとうベッドの脇に別のトイレを用意しました。そのうち下痢便が始まりました。ところが、コイン大くらいの大きさのものがポトンと出るばかりでそれ以上は出ません。そのため何度もトイレに行くのです。火曜ほどの大鳴きではないものの鳴き続け、一時もジッとしていられず、普段行かないような場所も含めて家の中をグルグルグルグル。
(←1日会えなかった日はこうやってぴったり寄り添って・・・)

1時近くなってさすがに疲れたのかベッドに入り出したので、お尻を濡れタオルできれいにしてあげ、こちらも寝ることに。ソファーカバーなど汚してしまい、明日は大洗濯。どうか爽やかなお天気でありますように。そしてもちろん、ピッピの不快が少しでも和らいで遠のきますように。

2004年3月18日(木) 栄養補給

再びドリスのもとへ。火曜の夜の話には、「ここでは何でもなかったのに?」と彼女もびっくり。副作用としては"It's a quite serious one."とも。もし今後もっとひどくなるようであれば、@化学療法を中止する、A薬を変えてやり直す、という二つの選択肢しかないとも言われ、ドキリとさせられました。これが現実なのか? けっきょく、「だんだん慣れても来るはずだから様子を見ましょう。」という一言に慰められ、今日のところは問題先送り。

しかし、3種類のうち何に対してそんなに反応したのか? 新しく飲み始めた「プレッド」はドリスによればマイルドな薬らしく、一番強い「シクロ」は先週4日連続で飲んでるし、もう1種類も前回経験済み。3種類がいっぺんというカクテル作用がいけないのか?あぁ、なんとしても負担を軽くしてあげたい。

今日はミネラル、プロテイン注射をしてもらい、砂糖水の点滴を受けて7時半帰宅。流動食もたっぷり食べさせてもらったそうで、さすがプロ。栄養と水分補給で見るからに元気になり、家の中を興味深げにウロウロ。ここ数日は見向きもしなかったエサの匂いくらいはかんでみたり(でも食べなかった・・・残念)、なぜかほうれん草を少し噛んでみたり。覆いのついたネコトイレ・ベッドから出て、珍しくベビーバスで寝たりしていました。けっきょく、吐かずにそのままZZZZZ。ただし、鳴き声がやたらに大きいままなのはどうして?
(↑ミャーミャーミャーミャー、一生懸命パパに何かを訴えているものの・・・???)

2004年3月17日(水) 新たな課題

嵐のような一夜が明けて、なんとか平安な朝を迎えました。疲れ切ったのかピッピは熟睡中。しかし、あれだけ吐いたのでずい分水分を失っているはず。冷静になって流動食を再開。疲れて抵抗する気力もないのか、かなり食べてくれ、ついでに注射器でハチミツ入りの水も飲ませてみました(20ccくらい)。どういうわけか、食べ物だけは吐きません。しかし、胃液は何度か吐いて、やはり昨日の副作用が続いている様子。

今日は楽しみにしていたボランティアの2回目でしたが、さすがのこの調子で5時間も家を空ける勇気がなく、残念ながらキャンセルさせてもらいました。しかも、今日はドリスの定休日。なんとしてもがんばらねば。しかし、大声で鳴きまくることはなくなり、嵐が過ぎたのは間違いありません。寝不足の頭でボーーッとしながらもこみ上げてくる安堵感。

しかし、午後には予期せぬことが!学校から帰った善が「ママ〜、大変。ボクのベッドにうんちがあるよ〜!!」と、スゴいものを発見。すっ飛んで行くと、どう見てもネコのうんちがコロンと2粒ベッドの上に。乾いたもので被害は最小限でしたが、こんな粗相は滅多にないのでビックリ!

すぐ近くでチャッチャが昼寝をしていましたが、これは彼のではないでしょう。気が付かなかったものの、ピッピがどこかでベッドを抜け出して来たのでは?ちなみに彼のお尻をチェックしてみると汚れた跡が。温かいお湯で絞ったタオルできれいにしておきましたが、昨夜何度もトイレに行っていたのはコレだったのか? その後、洗濯物干し場でも1粒発見!う〜〜ん、下の世話もこれからの課題になるのか?

2004年3月16日(火) 正常値VS化学療法

2回目の1日入院。昨日で抗生物質が終わったので、今日からは前回できなかった「プレッド」という3種類目の抗がん剤も飲むことに。ほぼ1日栄養剤の点滴を受け7時半に帰宅。1日大人しく、特に何もなく終わったようで、リンパ腺も正常の大きさ戻って万歳!血液検査の結果もかなり良好で、ほとんどの数値が正常値内に戻っていました。

(←次回のための点滴針をつけたままの足が痛々しい。でも本人はあまり気にしてない?)

帰るや否やいきなり硬いキャットフードを食べ始め、「食べた♪」と喜んだのもつかの間、突然全部吐いてしまいました。苦しいのか、最近まったく耳にしていなかったほど大きな声で鳴き始め、落ち着かない様子で、何回もトイレに行き出しました。よくよく数えたら3分に1回くらい行っている時も!脱水症状による便秘で苦しいのか、本当に尿が出ないのか? お腹が張っている様子もないのに、トイレにしゃがみながら鳴いている姿はなんとも痛々しい限り。その後も歩きながらかなりの胃液を吐き、私達もその後を雑巾片手に歩き回ることに。とても疲れているはずなのに、苦しくて寝るどころではなさそうです。

夜遅くなってからは容態が一段と悪化。息が荒く、肩で息をするほどになり、小刻みに動くお腹を見ているだけでこちらまで苦しくなってきました。何もしてあげられず、ただおろおろ抱いたり撫でたりするばかり。「病気に勝てても副作用でやられてしまう。」と思うと、気が遠くなりそうでした。こちらももちろん寝るどころではなく、辛そうな鳴き声を聞きながら、用事をしながら付き合いました。とうとう2時過ぎに疲労困憊でネコトイレ・ベッドへ。身体を上下させるほど息が荒いのが心配ながら寝付いたので、こちらも3時少し前に就寝。平常値の代価を思い知りました。でも、がんばったね、ピッピ。ありがとう。

2004年3月15日(月) トリパワー

外出から戻ると数ヶ所に吐いた跡。今日は抗がん剤が休みの日で首の切開跡用の抗生物質しか飲んでいないというのに。こんなに辛いのかと思うと不憫でなりません。目に見えて痩せてしまい、触ると背骨が山の尾根のようにとんがっています。1ヶ月前まではむっちりとした肉付きで体重はチャッチャの1.3倍くらいありました。今や体重もとんとんになり、ちょっと丸顔のチャッチャの方が太って見えるほどです。

今日は日本からの友人と黄大仙という香港で一番有名な中国廟の占いに行ってきました。今年はサル年で私のようなトラ年にとってはあまり運気のいい年ではないと言われていますが、やはりその点を指摘されました。そして、ネコも干支ではトラになるので、病気になるのもあながち偶然ではないと のこと。なるほど。先生によれば、トリが守ってくれるそうで、さっそく一緒に行ったトリ年の友人がジェードのお守りをプレゼントしてくれました。完治祈願に首に巻いたハンカチの中にトリを忍ばせることに。

夜になると珍しくネコトイレ・ベッドから出てきて、家中を徘徊し始めました。動かず、鳴きもせず、ひたすら眠っている日がずっと続いていたので、歩き回る姿を見るだけでも「なんだか新鮮!」と思っていたら、スーパーから配達された段ボールの上にまで乗ってしまい、ほとんど食べてないくせになんだか元気そう。トリパワーが効いたのか?

2004年3月14日(日)  ネコ版流動食開始

あまりにも何も食べないのでドリスのもとへ。彼女はピッピの背中の皮をグッと引っ張ってから手を放し、「かなり脱水症状起こしてるわね。」と言いました。皮の戻り具合で症状を判断するそうです。食べてないし、吐いてもいるしで、二重に悪い状況です。注射器で栄養剤を100cc打ってもらいました。一気に打ったので水分が溜まった背中はこぶのように膨らみましたが、撫でているうちにすぐに小さくなりました。

家ではペースト状のキャットフードをお湯で溶き、針のない注射器であげることになりました。魚派のうちのネコにとっては苦手なチキンレバー味。可哀想ながら他に注射器であげられるようなものはなし。しかし、腫瘍の方はドリスが再び、「信じられない!」と驚いたほどぺったんこで、傷口の回復も良好なことから抜糸をして、とうとう首の包帯を外すことに!やった、ピッピ!しかし、引っかき防止にハンカチだけは今後もつけます。

家に帰ってさっそく"ネコ版流動食"を試してみるものの、食べさせるのが一大事であまり上手く行かず、喉を通った量はごくわずかでした。その割には回りにエサが飛び散り、ピッピを包んでいたバスタオルにもいっぱいついてしまいました。首を振り、本当に嫌そう。注射器から一気に喉に流し込まれるのは人間だって苦しいでしょう。とうとう目に涙を浮かべ始めたので、今日のところは諦めました(動物が泣かないというのは真赤なウソです)。でも、食欲が早々に戻らない限り家ではこの方法しかないので、なんとしても私もピッピも慣れなくては。

2004年3月13日(土)  この効き目!この副作用!

昨日に続き、朝起きてみるとリビングに生々しい吐き跡が。どうやら朝、起き抜けに吐いているらしく、昨日の状態とそっくりでした。胃液なのか、薄黄色の直径4〜5センチの泡立った液体が2ヶ所に。日中にこれに似たもの(色は白い時も)を吐くこともあります。ドリスによれば「シクロ」は吐き気を催す副作用があるとのことで、このせいなのは明白です。苦しそうでもこの薬は4日連続で飲むことになっているので投薬継続。実際、腫瘍はほとんどぺったんこになってしまいました。この効き目!そして、この副作用!

「シクロ」はガン細胞を殺すための強い薬で、チャッチャや私達の身体に入ると健康な細胞まで殺してしまうので、薬の扱いはもちろん、ピッピの吐しゃ物や排泄物にも十分注意しなくてはなりません。そのため、今まで子供のアルバイトだったネコトイレ洗いも再び私の仕事になりました。しかし、チャッチャと隔離してしまう勇気はどうしてもなく、二匹が舐め合わないよう見張っているのが関の山。さすがに長時間外出する時は部屋を分けて行きますが、お互い居るのがわかっていながら姿が見えないというのは、生まれた時から一緒にいる身には辛そうです。
(←いつも一緒。発病前のワンショット)

ピッピは今日も1日ネコトイレ・ベッドで眠り続けました。暗さと温かさがちょうどいいようです。一時はチャッチャも一緒に入っていましたが、今日当たりはずっとピッピの独占でした。チャッチャはピッピが弱っていて、一匹で静かにしてあげた方がいいことを、十分わかっているようです。魚を焼いてもやっぱりピッピは食べません。ドリスに電話して明日また行くことに。会話に"栄養剤"という言葉が出てきてかなりがっかり。こうやって薬漬けになっていくのか?

2004年3月12日(金) 食欲ゼロ

「腫瘍が3分の1になってる!」と言われてホクホクだった昨日。帰りに二匹の大好物であるアジを買い、さっそく焼いてみました。骨、頭、尻尾もとってあげて食べやすいようにと大サービス。焼いてる間から匂いを嗅ぎつけたチャッチャがキッチンをウロウロ。焼きあがってピッピのベッドの出入り口に置くものの、肝心のピッピは出てきません。とうとう待ちかねたチャッチャがパクパクパクパク。けっきょく、1人で小アジを2匹を平らげてしまいました!今後はこっちの過食が心配なくらい。

気が付く限り、ピッピはほとんど食べなくなりました。たま〜にベッドから出てきてエサの置いてあるところに来るのの、水を飲んでいるばかり。しかも、それもごくわずか。副作用で食欲がなくなってしまったようです。「少し活発になる夜には、食べているのかも。」と思いつつも、かなり心配。そのせいで体温も下がっているようで、寒い様子。ネコトイレ・ベッドをバスタオルで厚く覆い、暗さと温かさを増したら安心したのか、寝てばかりいます。人間だったら、寝たきりに近い状態なのでしょう。このままでいい訳ありません。さて、どうするか?

2004年3月11日(木) 初めての副作用

昨日は大大大失敗をしでかしたにもかかわらず、ボランティアの初日でもありました。さんざん迷った挙句、ピッピの様子が変わらないのを心の支えに5時間も留守にしてしまいました。慌てて帰るとぐっすり就寝中。呼吸もいつもと変わらず。思わずチカラが抜けてソファにへたり込みました。良かった〜。ドリスと相談し、「シクロ」は1日前倒しで投与を続けることに。ただし、「吐いたり様子が変だったら連絡して。」という注意事項つきで。

今日は朝からヨガへ。9時少し前、「さぁ、始まる。」という時になって、夫から電話。「ピッピが吐いてる。」 その一言に全身身の毛もよだつようでした。「いよいよ、来たか。」 覚悟はしていたものの、いざ副作用が始まるとなると足がすくみます。どれぐらい辛いものなのか見当も付かず、本人に聞いてみることもできず、かといって治療を止めることもできず。これから厳しい状況が続くのかもしれません。とりあえず一回吐いた切りで、ドリスのところもまだ開いていないので、そのままレッスンを受けることに。

再びすっ飛んで帰るとピッピはネコトイレ・ベッドで寝ていました(帰国した友人の置き土産。使ってなかったので中にクッションやバスタオルを敷いてベッドに改造)。火曜に化学療法を始めてから、一段と弱くなったのか、ベビーバス・ベッドよりも覆われていて、暗く、温かいこちらのベッドの方が気に入っているようで、あんなに大好きだった日向ぼっこに出ることもなくなり、投薬は大きな負担になっているようです。
(←ネコトイレ・ベッド。ほとんどピッピ専用ながら、こうしてニ匹で入っていることも)

寝ているところを気の毒ながらもキャリング・バッグに入れてドリスのもとへ。「とにかく副作用が始まったのよ。覚悟しなきゃね。」と私の顔を見るや否や彼女が言った一言を深く受け止め、「辛いのは私達じゃなく、ピッピなんだ。」と改めて思いました。「でも傷跡はきれいになったじゃない!」と言いながら切開跡をよくよく見ていたドリスが、「信じられない。腫瘍が3分の1になってる!」とビックリ。毎日コットンを取り替える時に見てはいたものの、傷跡が痛々しくドリスのようには触れずにした私。小さくなったとは思ったものの、火曜以来2日で3分の1とは!これは予想外の朗報♪

がんばれ、ピッピ!

2004年3月10日(水) 大失敗!

前日の化学療法も無事終了し、ついでにドリスが切開跡をきれいにしてくれたので、傷跡は再び痛々しいピンク色ながら、「放っておいたら大変」と言われた状態は脱しました。ピッピは若干疲れているようで元気はないものの、特に副作用らしい変わったこともなく、朝から首の包帯を取り替え、化学療法の第2弾として「Cyclophosphamide(シクロホスファミド)」という長い名前の錠剤も飲ませました。抗生物質ですっかり慣れたせいか、非常に小さいこの1粒など、本当に簡単。「強い薬らしいのが気になるけど、これで良くなってくれるなら・・・」と、ピッピの目を見ながら説明し、再びギュッと抱きしめて飲ませました。

と・こ・ろ・が、その直後に、「きゃぁぁぁぁぁ!」と絶叫!ドリスがくれた化学療法の薬服用スケジュールで行けば、「シクロ」は今日からではなくて明日から!しまった!!まだ出勤前だった夫に「ど、どうしよう?」と駆け寄ると、「キミらしい微笑ましい話だけど、ピッピにとってはどうなんだろう?」と。すぐにまだ自宅にいるドリスに電話をし、事の顛末を伝えると、電話の向こうで彼女も絶句。「ちょっと時間をちょうだい。考えて折り返し電話するわ。」「1日早いとどうなっちゃうのかしら?」「さぁ、わからないわ。今までそんなことした人いないので。」

「なぜスケジュールを先に確認しなかったんだろう。」という嵐のような後悔も先に立たず。抗生物質の失敗があったばかりだというのに、なんということ!今日からあげることに自信満々で、完全に過信していました。「これじゃあ、ピッピを助けてるんじゃなくて、苦しめてることになっちゃうわ。」と言うと、「そうかもね。」とドリス。深く落ち込んで電話を切り、きょとんとしているピッピを抱きしめ涙ぐみそうでした。

再び、再び、ごめん、ピッピ!

2004年3月9日(火) 化学療法スタート!

約束通り朝10時半にドリスのもとへピッピを送り届けました。専用のキャリングバッグに入れるといつものように、「ニャーニャー」と二鳴き。あとは観念するのか、突っ伏して静かになってしまいます。その物分りの良さも、なんだか今となっては痛々しいものです。でもピッピはドリスが誰なのかわかっているようで、クリニックに行くと本当に大人しくしています。
(←天気が良い日はエアコンの上のベビーバス・ベッドでお昼寝)

今日もそんな感じで診察が始まりました。ところが切開跡を覆っていたコットンを外すと、ドリスが「おや?」という顔をして、「いつからこんなに白っぽくなったの?」と怪訝な表情。「えっ?乾燥して白くなったんじゃないの?」と聞き返すと、「違うわ。これは良くないことよ。放っておいたら大変。」と言うではないですか!そこで、「実は・・・」と抗生物質を半分しかあげていなかったことを打ち明けると、彼女は「それも理由の一つかもね。」と言いながら厳しい表情。ところが、「薬は1日1回でいいのよ。でも1回2錠よ。」と袋の表示とまた違うことを言うので、こちらも混乱・・どういうことだろう?

ピッピは点滴などを受けるため半日入院に。また簡単なインフォームド・コンセントがあり、「診察中に予期せぬ事態が発生した場合・・・」「万が一猫が治療のショックで死亡した場合・・・」と、ずい分慣れたつもりでも、厳しい言葉が続きます。ページの最後にサインをし、もう一度ピッピを軽く抱き、「夕方迎えにくるからね。それまでがんばって。」と耳元でささやいてクリニックを出ました。

迎えに行くと、まったく朝と変わらない感じで診察台に乗ったピッピが。点滴のために毛を刈り込まれたところがピンク色になっている片足が可哀想ながら、後はまったくいつも通り。良かった。予期せぬ事態もショックもなかったんだ、と思いながら「偉かったね〜」と、思わずギュッと抱きしめました。ドリス曰く、切開跡が思った以上に悪く、本来2種類投薬するつもりだったのに、抗生物質との併用が好ましくない1種類は投与できなかったとのこと。あぁ、私の不注意で申し訳ない。

再び、ごめん、ピッピ!

2004年3月8日(月) 一大決心

午前中に通訳の仕事を入れてしまっていたため、今日の治療はとりあえず見送ることに。このワンクッションは一刻も早く治療をした方がいいピッピには酷なのかもしれないけれど、私達には心の準備期間として助かりました。仕事を終え、昼過ぎに携帯からドリスに電話。「やっぱり、化学療法をお願いするわ。」 これが私達夫婦の結論でした。副作用は可哀想ながら、少しでもチャンスがあるならそれに賭けてみようということになりました。

と・こ・ろ・が・・・。2日に腫瘍を切開して組織を採って以降、毎日、傷口を消毒してガーゼを交換し、それが動かないようテープで固定してから、引っかき防止にハンカチを首に巻いてあげていました。それに加え、傷口からばい菌が入らないよう、抗生物質も処方されていたのです。しかし、今日になってふと、「なんでこんなに残ってるんだろう?」としげしげと薬の袋を見てみると、な〜んと、「1日2回、1回1錠」という表記!ガ―――ン!今まで1週間、「1日1回、1回1錠」、つまり半分しかあげていなかったのです。

確かドリスが「あなたの負担を少しでも軽くするように、薬は1日1回にしておいたから。」と言っていたので、それを鵜呑みにしてたのですが、2回だったとは!!なんて、おバカ。抗生物質をそんない長く飲むはずないでしょう!後悔先に立たず。でも、傷口は白っぽくかさぶたになって乾いてるし、本人も元気そうだし、半分でも十分だったってことかな?まっ、素人考えの結果オーライなのですが。気づいた時はドリスに電話するには遅すぎ、明日は化学療法の初日。いずれにしても通院するので、ピッピに謝って明日を待つことに。

ごめん、ピッピ!

2004年3月7日(日) Two choices

今日はラグビーの大会で1日家を空ける予定だったので、餌と水を多目に用意し2匹によく言い聞かせて家を出ました。大会の最中にドリスから電話が入り、「イギリスから結果が来たの。」とのこと。ごくりと固唾を呑んで次の言葉を待つと、"honestly・・"と前置きしてから、「結果は思ってたよりかなり悪かったわ。相当進んでる状態みたい。」と、彼女らしく率直な物言い。

「二つの選択肢しかないと思う。一つは何もしないでなるように任せる。もう一つは一刻も早く化学療法を始める。何もしなければ腫瘍が大きくなって呼吸に支障が出て、じきにすごく苦しがると思う。あまりにも苦しがるようであれば安楽死も考えた方がいいかも。」 "安楽死"という現実的な言葉に、それを聞いているピーカンのグラウンドが妙に場違いに思えました。

「化学療法なら腫瘍を小さくすることはできるはずなので、ピッピに"クオリティー・オブ・ライフ"を提供してあげることができるでしょう。でも完治はしないと思った方がいいわ。そこまで強い薬は猫にも危険だから。治療は腫瘍の大きさをコントロールするのが目的だってことは肝に銘じておいて。それから副作用も覚悟してね。あとは、あなた達がどちらを選ぶか。どうする?」

「治療しなかったらどれくらい生きられる?」「3ヵ月。」「したら?」「6ヶ月。でも保証はできないわ。やってみないと猫がどれくらい治療に反応してくれるかわからないから。」 その差わずか3ヵ月! 「あなたたちニュージーランドに行くじゃない?それも考えると少しでも時間があった方がいいんじゃない?私は治療を薦めるけど、あとは良く考えて返事をちょうだい。できれば明日から始めたいけど、予定はどう?」

3ヵ月、6ヶ月、3ヵ月、6ヶ月、3ヵ月、6ヶ月、3ヵ月、6ヶ月・・・。これが代わる代わる頭に浮かび、インプットされた情報がすごい勢いで回転しているのがわかりました。そう簡単に答えがでないことも。何でも即答する私にしては珍しく、今回ばかりは頭の中が「50:50」に割れ、すぐには答えられませんでした。けっきょく、「夫と相談して明日連絡する.」ということで話をいったん終えました。

夕方家に戻ると、特に変わったこともなく、吐いたりした形跡もなくてホッ。2匹で寄り添ってお昼寝してたようです。夜になって子供達のスクールシューズを磨いていると(一応、革靴なので)、傍でピッピがしげしげと玄関から外をのぞいていました。「元気になってニュージーランドに行ったら、いくらでもお外に行っていいんだよ。」「・・・・・・・・。」、「そうしたら出入りできるように、ドアに専用の小さいドアをつけようね。」「・・・・・・・・。」
さぁ、どうするか?
(←首の包帯がかわいそう。最近までは7キロ近い"巨猫"だったのに・・)


2004年3月6日(土) 日がな日向ぼっこ

かなり暖かい日だったので、外のエアコンの上にベビーバス・ベッドを出してあげると、ピッピはその中でぐっすりお昼寝。これが天気のいい日の日課となりました。午後になって風が出てくると、場所を私達のベッドに移し、再びお昼寝。夜行性動物のはずが最近は夜もぐっすりなので(笑)、1日20時間くらい寝てそうです。私の起きている時間とちょうど一緒。

腫瘍の腫れが喉を圧迫しているらしく、寝ていると妙に喉が鳴る時があります。前は「やだぁ、ピッピったら、いびきかいて爆睡してる〜」と、笑ってましたが、事情がわかる今ではもう可笑しいとは感じなくなり、「苦しいのかな?」と心配ばかりが先にたちます。でも、本人もラクなポジションがわかるらしく、最近は腫瘍部分を下に伸ばすかたちで寝ています。そうすると気のせいか喉も鳴らないようです。ドリスによれば、腫瘍の圧迫で血管の位置もすでにずれているとのこと。少しでも苦しみがありませんように。
(↑最近はすっかりこの寝方。腫瘍を何かにくっつけてる方がラクらしい)

2004年3月5日(金) 経過良好

「I like this!」 火曜に腫瘍組織を採って縫合した部分が乾いているのを見て、ドリスは喜んでました。引っかいた形跡もなく、腫れもずい分引いています。経過に満足のようです。ここで引っかき傷でも作ってこじらせると、せっかく抗生物質を飲んでいてもややこしいことになるのかもしれません。あの忌まわしい抗生物質を1日でも早く終えるためにも、ここは徹底的に傷口を守らないと。それには子供のハンカチが確実に役立っているようです。経過良好で一週間後には抜糸。そのうち、イギリスからも結果が来るでしょう。

2004年3月4日(木)  ファンキー路線まっしぐら♪

ヨガ→友人との昼食と、朝から子供が学校から帰る時間まで戻らない予定だったので、ベビーバスの「特製ベッド」を、お昼寝用に整えて外出しました。昨夜も首のハンカチを取ろうとした形跡はなく、傷口はすっかり乾き、かなり腫れも引いています。縫合した糸がネコの髭のようにピンピン出ているのが何とも妙。昨夜は夫が出張でいなかったので、ネコと寝るつもりで寝室のドアを開けっ放しにしておいたものの、なぜか二匹とも入ってこなくてフラれました〜。まっ、いいけど。
(←寒い日はこうやってニ匹一緒にお昼寝。最近まったくケンカをしなくなりました)

4匹買っておいたアジを食べ尽くしてしまい、再びドライ・キャットフードとカニかまぼこというメニューに。「これしかニャいの?」という顔で75度の角度で見上げられると、ツライ;´▽`A  ハイハイ、明日買ってきます。抗生物質と傷口の手当ては昨日コツを覚えたので今日は楽勝。包帯代わりに巻いてる子供のハンカチは、昨日の「プーさん」に続いて、今日は爆竜戦隊「アバレンジャー」とファンキー路線まっしぐら♪

2004年3月3日(水) ネコにもインフォームド・コンセント!

昨日切開した場所は縫い跡が痛々しいものの、きれいに乾いており、ひとまずホッ。傷跡を消毒して包帯とコットンを取り替え、傷口を引っかかないよう子供のハンカチをバンダナ風に結んで一丁上がり。なかなかオシャレ♪ ピッピは事の重要性をよくわかっているようで、いつもだったらこんなことをしたらとてつもなく嫌がって無理やりかきむしってしまうのに、今日はハンカチを巻いても大人しい。それもなんだか不憫です。
(←今日は「くまのプーさん」柄)

ここまでは良かったものの、いざ錠剤の抗生物質をあげる段になると大変なことに。上を向かせた状態で下あごに指をかけて口を開け、舌が出てきたところで喉の奥目がけて薬を投げ入れなくてはいけないのに、どうも上手くいきませせん。前に何度かやったことがあるものの、今日は7〜8回やってもすぐにゲッとやって口の中から出してしまいます。前は確か夫と二人での共同作業で、一人がネコを抱き、もう一人がクスリを入れ・・・とやっていたはず。でも彼は出張中。二人でくんずほぐれつの大格闘を続けたものの、ピッピの毛がフワフワ舞い、私は汗だくでけっきょく一時休戦。

昼食後、朝の反省から今度は目を見て語りかけ、丁重に説明することに。「あのね、ピッピ。昨日先生が喉のところ切ったでしょう?そこからばい菌が入ると大変なことになって、ママもピッピも困ったことになるの。このお薬はそれを止めるものなのよ。嫌かもしれないけど、お願いだから飲んでみて。ピッピのためだから。じゃ、やるよ?」 ピッピは神妙な顔をして聞いていたものの、いざ抱くと緊張が走り身をよじって逃げ腰体制。

しかし、朝ほど必死ではなく、腰が引けてはいるもののピッピなりに協力する姿勢。「そうだ!」とその時ひらめいて、バスタオルでグルグルと巻き、竹の中から見つかったかぐや姫状態にして抱きかかえ、一気に投薬。文字通り「手も足も出ない」おくるみ状態なので上手くいき、一回で成功♪ ゴクッと飲み込んだ音まで聞こえました。「やっぱりネコにだってインフォームド・コンセント!動物だからって甘く見ちゃダメだな〜」と痛感。これから続く闘病生活へのいい教訓としましょう。エラかったねピッピ。協力してくれてありがとう。

2004年3月2日(火) 突然の腫瘍切開

朝ぴったり10時に電話が鳴り、なんとなく胸騒ぎがして出てみるとドリスでした。「先日やった良性か悪性かを調べる血液検査のことなんだけど、やっぱり精度が低いみたいなの。頼んだラボでも正しい確率は60〜70%と言ってるのよ。そこで、どうかしら?組織の一部を採取して、イギリスでもっと精密に検査してみない?」とのこと。

「というのも、あなたたちもうすぐ香港を離れるじゃない?そのタイミングでピッピの治療がどこまで行ってるのか、飛行機に乗れるほど体力があるかないかはすごく大事でしょう?だから精度を確かめて最も的確な対応をするのが一番いいんじゃないかと思って。良性なら化学療法にかなり期待できるけど、相当の副作用も覚悟しなきゃいけないし。ネコにとってもあなたにとっても負担は大きいのよ。」

彼女は言いにくいことを淡々かつ毅然とした態度で説明してくれました。今は転移も痛みもないようで、普段と変わらない生活を送っています。最期までこのままということはないでしょうが、「化学療法で毛が抜けたり、吐いたりするまで辛い思いをさせるのはどうなんだろう?」と思い悩んでいただけに、彼女の提案は渡りに舟でした。

さっそくドリスを訪ね、簡単な外科手術になるので麻酔もかけるため、彼女が読み上げるインフォームド・コンセントにもサインをしました。「麻酔によってネコが死んだ場合、いかなる理由であっても・・・」、ドリスが読み上げる定型文を聞きながら、「死」という言葉を彼女の口から初めて耳にし、身が引き締まる思いでした。幸い手術は上手くいき、麻酔からも問題なく目覚めたので2時間後には引き取りに行っていきました。

縫合跡がなんとも痛々しいですが、痛がっている様子もなくホッとしました。傷口の手当ての説明を受けて帰宅。怯えていたのかやたらと傍にいたがりますが、ベビーバス(温と善のお古)にクッションとバスタオルを入れた「特製ベッド」を温かくしつらえると、やっと安心したようで深い眠りに落ちていきました。心配された吐き気はなく、ひたすらひたすら眠っていました。心配してチャッチャが見に来ていました。言葉はなくてもニ匹の意思疎通は完璧で、チャッチャはすべてを把握しています。
(↑長男の風格?彼も糖尿病ながら、命に別状なしということで今や扱いは健康児並み?)

2004年3月1日(月) 初めての涙

翌日から長期出張に行く夫がなにやら用意をしている間、私はいつものようにピッピを抱きながら首筋を撫でていました。何度も血液検査をしているので腫瘍の部分の毛は刈られ、うずらの玉子がはっきりとしています。改めて「こんなに大きかったんだ。」と思いながらなおも撫でていると、不意に涙が溢れてきました。
(←発病前の元気な頃)

「ピッピ、死んではだめ。絶対にだめ。あと10年くらいは生きて、みんなで楽しく暮らそう。チャッチャもいるし、ママもお家にいるんだし、ニュージーランドにも行くし、まだまだ楽しいことはいっぱいあるよ。12歳なんて若すぎる、20歳までは生きてね。こんな病気さっさと治しちゃおうよ。」 私はピッピをギュッと抱きしめながら、声に出して必死で語りかけていました。動揺がわかるのか、ピッピは大人しく見つめているばかりです。

同時に「化学療法の副作用がきつかったらどうしよう。この子に化学療法をほどこすのは本当に正しいことなんだろうか?」 発病を知ってからずっと考えていた一点です。いくら考えても答えに近づいている気がしません。本当にどうしたらいいんだろう。でもドリスは放っておいたら転移して、2、3ヶ月しかもたないかもしれないとも言っていました。同じ内容は日本の獣医さんのサイトでも読みました。どれがピッピにとって一番幸せなことなんだろうか、潤んだ瞳で彼の大きな黒い瞳をのぞきこみながら、「どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・」という思いが、回転木馬のように回っていました。

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